ボードレール「コレスポンダンス」(万物照応) Correspondances

Comme de longs échos qui de loin se confondent
Dans une ténébreuse et profonde unité,
Vaste comme la nuit et comme la clarté,
Les parfums, les couleurs et les sons se répondent.

長いこだまが遠くで溶け合うように、
夜のように、光のように、広大な
暗く深い一つのもの(unité)の中で、
香りと色と音が応え合う。

第2詩節は、共感覚(synesthésie)を具体的に表現している。
人間は五感で外の世界を感じ取っていう。視覚、聴覚、触覚、臭覚、味覚。それらは独立して働いているようだが、深いところで繋がっている。ある音を聞いてある色を感じ取ったり、色が味覚を刺激したりという現象は、共感覚に基づいている。

ボードレールは複数の感覚の通底を、長いこだま(de longs échos)という言葉で表現する。一つの声が山の彼方まで響き合う。何気ないように見える長いという形容詞は、この神秘的なコレスポンダンスの世界では、永遠や無限を連想させる。

第一詩節では、象徴の森を通るとき、生きた柱(木々)が混乱した言葉(de confuses paroles)を発していた。第二詩節では、そうした声が長く響き続けるこだまとなり、混ざり合う(de longs échos qui de loin se confondent)。

ボードレールはこの対応(correspondance)を形と音でも行う。象徴の森を通るときに聞こえてくるのは、CONfuses(混乱した)言葉。その言葉がこだま(échos)となって、se CONfondent(混ぜ合う)する。このように、con(一緒)という音が、エコーのように響き合っているのである。

同じように、香水(les parfums)、色(les couleurs)、音(les sons)も、互いに応答し、共鳴する。まさに、共感覚の状態。
ここで重要なことは、一つ一つの感覚が独立し、他の感覚を呼び起こすのではないということ。こだまのように全てが朧気な状態で、お互いに繋がっている。

そして、そうした現象が起こるのが、暗くて深いユニテ(unité)の中。これこそが、「コレスポンダンス」の中で最も重要な要素に他ならない。

そのユニテは、夜のように、そして光のように、広大なものとされる。夜と光、つまり正反対のものを一つに統一している場なのだ。善と悪、美と醜、上と下等々、対立するものが一致する(coincidentia oppositorum)場。

ボードレールの詩集『悪の華』Fleurs du malは悪を歌う。華(花)は詩のこと従って、『悪の華』は悪を歌った詩である。
その悪の展開する醜い情景を、ボードレールは美に転換する。その秘密が暗く深いユニテ。「対立するものが一致する」場だからこそ、神が悪魔に、醜が美に転換することが可能になる。

共感覚は五感の密かな対応だが、その根源的な場は生きた柱の立つ神殿であり、そこは現実の次元にはないとも考えられる。人間の五感の水平的な対応を可能にするのは、垂直方向の対応なのだ。

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