ラマルティーヌ「湖」Lamartine « Le Lac » ロマン主義的抒情 

第10詩節からは再び詩人の語りになる。しかし、以前の描写的な表現とは異なり、詩人も彼女の祈りに感染したかのように、抒情的な表現へと傾いていく。
実際、第10−11詩節では時間に、第12詩節では永遠、虚無、過去、暗い深淵に、そして第13詩節では、湖や岩、洞窟、森に向けて、抒情的な呼びかけが行われる。

Temps jaloux, se peut-il que ces moments d’ivresse,
Où l’amour à longs flots nous verse le bonheur, 
S’envolent loin de nous de la même vitesse
Que les jours de malheur ?

嫉妬深い時よ。この陶酔の時、
愛は、ゆったりとした波のように、私たちに幸福を滴らせせてくれる。
なのに、そんな陶酔の時でさえ、私たちから遠く離れたところに、飛び去っていくのだろうか。
不幸な時と同じ早さで。

時が嫉妬深いというのは、二人の幸福を嫉妬して、時間が流れ去るという意味。
長い波(à longs flots)のlongは、court(短い)との対比で、ゆっくりと流れる時のイメージを波で表現している。
それは、ivresse(酔い)とか、忘我(extase)につながる時間だといえる。
そんな時間(非時間=永遠)も、現実にいる限り、流れ去って行く。

Eh quoi ! n’en pourrons-nous fixer au moins la trace ?
Quoi ! passés pour jamais ! quoi ! tout entiers perdus !
Ce temps qui les donna, ce temps qui les efface,
Ne nous les rendra plus !

ああ、なんということだろう! 私たちは陶酔の時の痕跡さえ留めることができないのか。
なんということだろう! 永遠に過ぎ去ってしまった! なんということだろう、完全に失われてしまった!
陶酔の時を与えてくれたこの時よ。陶酔の時を消し去っていくこの時よ。
お前は、その陶酔を、もう二度と私たちには返してはくれないだろう!

この詩節は、ロマン主義を理解する上で、最も重要であり、かつ最も分かりやすい詩句だといえる。
ロマン主義は、失われたもの(消失)、今ここにないもの(不在)に対する憧憬に基づいている。そして、渇望するものを決して手に入れることができないところから、メランコリックな感情が発生する。
そのためには二つの条件が必要となる。
1)対象が失われていること。
2)その痕跡があること。痕跡とは、失われたものの思い出。

第11詩節で、この条件がはっきりと示される。
まず、la trace(痕跡)という言葉。大切なのは、過去の事実ではなく、過去を思い出すこと。その思い出は、現在における過去の幻。決して存在することはない。

第2詩行で、過去の陶酔が完全に失われてしまっていることが、passé, perduという動詞の過去分詞を使って強調される。

3−4詩行では、時制によって、時間の推移が具体的に表現され、読者は時の流れを実感する。
最初のdonnaは単純過去形。すでに終わってしまい、今の私とは切り離された時間であることが明示される。
複合過去形のa donnéは、現在の時点で完了していることを示す。従って、現在という時間滞の出来事。
その過去を示した後、現在形(efface)を使い、今、時間が流れていることを感じさせる。
最後に単純未来形(rendra)。その時制によって、過去、現在、未来という時間の流れを表現する。
こうして、時間が否応なしに流れていくことが、時制の使い分けによって見事に示されている。

こうして時間が流れるおかげで、過去が消え、その痕跡ができ、思い出によるメランコリックなリリスムが生まれる。それがロマン主義の基本的な構図である。

第12−13詩節でも、呼びかけ、疑問形、感嘆文が多く使われ、詠嘆調で、叙情性が強調される。

Éternité, néant, passé, sombres abîmes,
Que faites-vous des jours que vous engloutissez ?
Parlez : nous rendrez-vous ces extases sublimes
Que vous nous ravissez ?

永遠よ、虚無よ、過去よ、暗い深淵よ、
お前たちは、呑み込んでいくその日々をどうしようというのか?
言ってくれ。私たち二人に、あの崇高な忘我の時を、いつか返してくれるだろうか。
私たちから奪っていくその時を。

最初に呼びかけられている4つの単語は、全て現実の次元とは異なる次元を思わせる。
永遠と虚無は一見対立するようだが、現実を超越した次元という意味では共通している。
過ぎ去った時間は、そうした非時間の中に呑み込まれてゆく。
ここで詩人は、忘我(extase)の時間を戻してくれるのかと、未来形の疑問形で尋ねる。この疑問文は反語的で、過ぎ去った時間は戻って来ないということを前提にしている。従って、ここでも、過ぎ去る時間(la fuite du temps)のテーマが前提となっていることがわかる。

Ô lac ! rochers muets ! grottes ! forêt obscure !
Vous, que le temps épargne ou qu’il peut rajeunir,
Gardez de cette nuit, gardez, belle nature,
Au moins le souvenir !

おお、湖よ! 物言わぬ岩よ! 洞窟よ! 暗い森よ!
時間はお前たちを見逃してくれるのか、あるいは若返らせてくれるのか。
お前たちに頼みたい。ああ、美しい自然よ、この夜の
思い出だけでも保ってくれ。

フランス語では、大切な要素は文の後に置かれる。
第13詩節では、思い出(le souvenir)が最後に置かれ、ロマン主義的な叙情性の本質が示される。すでに指摘したように、思い出は現在の意識。思い出すことは、今の時点で失われたものを喚起すること。それに強く惹かれることで、メランコリーが発生し、抒情が生まれる。
その過去は理想の時であり、時間がいやおうなく流れることで、現在も喪失の時となる。逆に言えば、不在の時、喪失の時だからこそ、そこにないものを思い、それにあこがれる。こうした不在と思い出の関係が、ロマン主義の最も本質的な機構である。

「湖」の中では、そこに自然という要素が付け加えられる。
自然は文明と対立し、そこから二つの考え方が生まれれる。
1)文明は進歩。
これは合理主義、科学主義の考え方。19世紀の初頭には産業革命があり、進歩は蒸気船、蒸気機関車によって象徴された。
2)文明は退化。
ルソーによって主張されたように、人間の最も幸福な時は原初の時代であり、文明が進むにつれて人間は堕落すると考えられる。
単純化した言い方だが、ルソーの「自然に帰れ」という言葉が、この考え方の標語となる。

「湖」の最初、昨年一緒に過ごした女性は、今年はいないという状況が示された。次に、湖の自然は昨年のままだと言われた。第13詩節ではその二つのテーマが再び取り上げられ、詩人は「思い出」という言葉で、ロマン主義的な抒情を表現する。
そして、こうした詩句が、崇高な忘我(ces extasses sublimes)を読者に感じさせるように導く。

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