オルフェウスとイザナキ 妻を求めて地獄に下る二人の夫

二つの地獄下り

イザナキの向かう黄泉(よみ)の国と、オルフェウスが下った地獄では、全く様子が違っている。
また、同じように「見ることの禁止」が二人に課されるが、その種類も結果も違っている。

妻の死

『古事記』の中で、イザナミは、イザナキと交わり次々に島と神を産んでいく。その最後に産んだ子どもが、火の神カグツチ。その火に陰部を焼かれ、イザナミは病の床に伏せ、死んでしまう。

火が死をもたらすエピソードは、日本的な事物の生成において、水の果たす役割の大きさを示している。
天と地が成った最初の時、国は水に浮いている脂の状態で、クラゲのように漂っていた。そこから、葦の芽が泥沼から萌え出るように出てきた神の一人が、ウマシ/葦カビ/ヒコジの神。葦は、水を根源とする植物の象徴であり、日本的思考における水の根源性を暗示している。

カグツチが象徴する火は水と対応し、日本においては、死をもたらす要素である。
その点で、プロメテウスが神から盗んだ火が文明の起源とされる西欧文明とは、対照的である。

ギリシア神話の中で、オルフェウスの妻エウリディーチェは、婚礼の日に、蛇に足を噛まれて死んでしまう。
この挿話は簡潔に語られ、エウリディーチェに大きな役割は与えられていない。

ただし、蛇は大地の象徴とも考えられる。そこで、大地母神デメテールの娘ペルセボネーが地獄の王ハデスによって略奪され、地獄に連れて行かれた神話と関連しているともいえる。
実際、地獄でオルフェウスを迎えるのは、ハデスとペルセポネーである。

死者の国

1)この世とあの世の距離

イザナキは妻に会いたいと願い、黄泉の国に行く。その際、何の試練も、困難もない。『古事記』では、「イザナミに会いたいと思い、後を追って黄泉国に行かれた。」と記されているだけである。
生者の世界と死者の世界には何の境もなく、隣の家に行くかのように簡単に行くことができる。

それに対して、ギリシア神話では、現実世界と死者の国は最初からはっきりと分かれている。
二つの世界の境界にはステュクス川あるいはアケロン川が流れ、渡し守カロンが死者たちを小舟で向岸に渡すのだった。

Joachim Patinier,Passage du Styx

オルフェウスは、渡し守カロンや獰猛な犬ケルベロス、さらには木々や岩たちを、竪琴の音楽で魅了し、地獄を下って行く。そして、最後に、冥界の王ハデスや女王ペルセポネーをも音楽の力で説得し、エウリディーチェを地上に連れ戻す許可を得る。

ここでの死者の世界は、生者には行くことのできない、全く別の世界である。オルフェウスが地獄下りをすることができるのは、アポロンに由来する竪琴の紡ぎ出す音楽の魅力(=魔力)によってである。

日本では生者と死者の世界は隣の家ほど近く、次元の差はほとんどない。それに対して西欧では、二元論的世界観に基づいて、この世とあの世がはっきりと隔てられている。

2)見るなの禁止の違反

イザナミの住む死者の国には誰もいない。最初、彼女は御殿の扉から出てきて、イザナキと会話を交わす。
夫は言う。「まだ国造りが終わっていないので、この世に戻って来て欲しい。」と。それに対して、妻はこう応える。「もっと早く来てくれれば戻れたが、黄泉の国の食べ物を食べてしまったため、神と相談しなければなりません。」

その会話の後、イザナミは、神と相談する間、「自分の姿を見てはいけない」という条件を、イザナキに課す。そして、御殿の中に戻る。
長い間待ったイザナキは、最後にとうとう我慢しきれなくなり、火をともして館の中に入る。このようにして、「見るなの禁止」を犯してしまう。

Rubens Orphée et Euridice

オルフェウスの違反は、妻を地上に連れ戻すまで、決して振り返って妻を見てはいけないというもの。

なぜ彼は振り返ったかについては、様々な説がある。足音が聞こえなくなり、本当について来ているか心配だったから。足音はしていたけれど、坂を登る彼女のことを心配して。等々。

ここでは、別の側面から考えてみることにする。
オルフェウスは音楽によってハデスやペルセポネーを魅了し、エウリディーチェを連れ帰る許可を得た。つまり、それは聴覚による。音は目で見ることができず、星々が天上を運航する時に作り出す「天球の音楽」のように、魔法的な力を持つ。
それに対して、見るなの禁止は視覚と関係している。視覚は現実的な次元で力を発揮する。
とすれば、冥界での出来事は音楽という目に見えない力によって可能だったのであり、視覚が介入することによって、その魔力は失われてしまうと考えてもいいだろう。
オルフェウスが「見るなの禁止」を犯し、振り返ってエウリディーチェを見たことで、音楽の魔力は消滅し、妻は再び冥界へと引き戻されてしまう。

妻を取り戻しに地獄に下るという試練に失敗したオルフェウスは、しかし、妻への愛を失わず、地上に戻ってからも彼女を思い続ける。
その点で、イザナキとは正反対である。彼は、ウジ虫に覆われたイザナミの身体を見て恐れおののき、大急ぎで逃げ出す。そして、彼女の追求を逃れるために、黄泉の国とこの世の間に巨大な岩を置き、二つの世界を隔てる。

こうした違いを通して、妻を求めて地獄に下った二人の夫の物語が、西欧と日本で違う意味を持っていることを見て取ることができる。

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