現状満足世代と匿名の攻撃性の時代

現代の日本には、現状に不満はなく、毎日をなんとなく幸せに生きていければいいと考えている人達が数多くいる。とくに若者たちは、100%満ち足りているわけではないけれど、今の状態に満足することが上手な世代だといえる。

他方、ネット上ではしばしば炎上が起こり、匿名性の影に隠れて、異常なまでの攻撃性が発揮される。テレビでも、悪と認定された人間に対しては、根拠を問わず激しい攻撃が加えられたりする。

容易に現状に満足する心持ちと他者に対する攻撃性は一見矛盾しているように見えるが、実は一つの事態の裏表の関係にある。

現状に満足し、無理をしないことは、決して悪いことではない。むしろ、人間が幸福であるための、一つの生き方だともいえる。18世紀の思想家ジャン=ジャック・ルソー的に言えば、必要なもの(besoin)だけで満足せず、欲求(désir)に引きづられて必要なもの以上を求めることこそが、人間を堕落させ、不幸に導く原因だとも考えることができる。

もし本当に手近な満足で幸福を感じることができているのであれば、確かに幸せだと言える。しかし、他方では、インターネット上で、自分とは違う考えの記述に対して一斉に攻撃が加えられ、炎上することがある。

テレビのワイドショウでは、問題を起こしたとされる人物に対して、一斉に攻撃が加えられる。その際に、情報の真意を確認することはせず、一方的で断片的な情報に基づき、ある一定の期間、一斉に集団的な非難が投げかけられる。
しかも、話題としての賞味期限が切れると、その出来事に誰も関心を持たなくなり、次の話題へと移行していく。

こうした攻撃性は、満足上手な人々が、自分でもあまり気付いていない不満や、自分よりも恵まれた人間に対する潜在的なひがみを心のどこかにかかえ、それを晴らしていることの印ではないだろうか。

社会学者の山田昌弘は、1999年代から現在までの人間のあり方を振り返った記事の中で、今の日本の若者を「現状満足・将来悲観」の世代と呼んでいる。
https://news.yahoo.co.jp/feature/1315

若者の親の世代は、バブルの最後の時期に青春を送り、現状に多少の不満を抱いていたとしても、将来に対する不安はあまり抱かず、人並みにやっていればなんとかなると思っていた。しかし、30代40代になった現在、生活にゆとりのあるいわゆる「勝ち組」と、ここ数年給与が上がらないか、あるいは下がっている中流層との間の格差が開いている。その現実を若者たちは見て、自分たちの将来をバラ色には描けないし、あくせくしてもこの程度という醒めた見方をすることになる。

現代は、ポスト真実と呼ばれる時代。人々は自分の感情と合致する情報だけに触れ、予め共感できる閉ざされた空間の中で自足する傾向にある。
https://bohemegalante.com/2019/05/05/contre-post-truth/

無理に真実性を確認しなくても、自分にとって同意でき、感情移入できる情報だけを受信していれば、不愉快な思いをしなくてすむ。
努力は人を疲れさせるので、無理な努力はしないほうがいい。
誰もがすることに同調し、話題に乗り遅れないことが大切。話題の場所に行ったり、話題のことをすることができれば、大きな感動を感じる。
他方、将来のことを考えると、不安になる。将来に備えようとしても、不安定な要素がつきまとい、不安は消えない。
とすれば、今が楽しければ、それだけでいいことにする。だからこそ、今の状況にいちおう満足する方がいいし、幸せを感じる。
今が完全に満足というわけではないが、とりわけ不満でもない。どちらかと言えば満足というのが、多くの人々の感じていることだろう。

手近なところで満足する傾向が決して悪いことではないだけに、そのメンタリティーの問題点を指摘することは難しい。
しかし、山田昌弘が指摘するように、その根底には希望の格差があり、将来に対する不安に対して目をつぶり、状況を改善しようという意識を隠蔽してしまっていることに気づく必要がある。
偏見や無知に基づく匿名の攻撃性も、現状満足意識の裏返しだろう。

では、一人一人の人間に何ができるのか。

ラテン語のCarpe Diemという表現がある。
日本語にすれば、「その時を掴む。あるいは今を生きる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/その日を摘め
Carpe Diemは二つの意味で理解することができる。
1)人生ははかないので、今を楽しめばいい。今さえよければ後はどうなってもいいという、享楽主義的な考え。
2)人間は今という時しか生きられない。だからこそ、今を充実させ、今できることに全力で取り組むこと。

現状に満足することに容易な世代は、不安や不満を見ないようにし、享楽的な方向に流れているように思われる。
ルソーがいう「必要なものbesoin」だけで満足することで幸福を得られるとすれば、それは、Carpe Diemを二つ目の意味に捉え、実践するときだろう。

希望が誰にでも平等に行き渡る世界を実現することは難しいが、自分の生き方を変えることはできる。そして、そうした個人の変化が、わずかかもしれないが、社会を変える力になるかもしれない。

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