ネルヴァルの名刺(表面) 「エル・デスディシャド(不幸者)」  Gérard de Nerval « El Desdichado »

オルフェウスの竪琴

Et j’ai deux fois vainqueur traversé l’Achéron :
Modulant tour à tour sur la lyre d’Orphée
Les soupirs de la sainte et les cris de la fée.

私は二度、勝者としてアケロン河を渡った。
オルフェウスの竪琴に乗せ、代わる代わる奏でたのは
聖女のため息と妖精の叫び。

「私」は二度地獄の河を渡った。一度は行き、二度目は戻ることができたのだ。そこで、死の世界から帰還し、勝者(vainqueur)である言う。

アケロン河は地獄の川。オルフェウスは、竪琴が奏でる美しい音楽の調べによって、渡し守カロンや獰猛な犬ケルベロスたちを魅了し、地獄に下ることが出来る。
さらに、地獄の王ハデスや女王ペルセポネーもやはり竪琴の調べで魅了し、妻のエウリディーチェを地上に連れ戻す許可を得る。その時、地上に出るまで、後ろを振り返ってはいけないという条件を付けられる。
しかし、オルフェウスは最後の瞬間にその約束を破り、エウリディーチェの方を振り返り、彼女は地獄に連れ戻され、永遠に失われてしまう。

Poussin, Orphée (部分)

このエピソードを通して浮かび上がってくるオルフェウスの姿は、竪琴の演奏家であり、後の時代には詩人の象徴となる。地獄下りの英雄は音楽家であり、竪琴に乗せて歌う「私」は、オルフェウスに連なる詩人だということになる。

Gustave Moreau, Orphée

オルフェウスの神話は、しかし、ここで終わりではない。一人地上の戻った男は、決して心慰められることなく妻の思い出にひたり、他の女性たちに心を動かすことなく、オルフェウス教という密儀宗教を布教した。輪廻転生を信じ、秘教的な儀式を通して悲しみの輪である肉体の転生から解脱することが、その宗教の目標だった。その布教の途中、トラキアの地を訪れた時、バッカスにそそのかされた女たちマイナスに襲われ、八つ裂きにされてしまう。ヘブロス河に投げ捨てられて彼の首と竪琴はレスボス島に流れ着き、首は丁寧に埋葬され、竪琴は天の登り琴座になったという伝説が伝えられている。

https://bohemegalante.com/2019/04/14/orphee-izanaki/
(オルフェウスに関しては、こちらを参照。)

オルフェウスは単なる詩人ではなく、秘密に満ちた宗教の始祖として崇められ、竪琴が天上に昇ることから、彼の音楽は「天上の音楽」とも考えられる。

第2カトランでは、ポジッリポを通してウェルギリウスのイメージが暗示されていたが、第2テルセではオルフェウスの竪琴にはっきりと言及される。
そのようにして、オルフェウスの末裔である「私」も、単なる詩人というだけではなく、神秘的な力を持つ音楽=詩を生み出す創造者であることが示される。

では、彼が歌うのは何か。一つは「聖女のため息」、もう一つは「妖精の叫び」。
聖女はキリスト教、妖精は伝説を遡り、古代ギリシアの神々から異教を連想させる。18世紀後半から19世紀前半の宗教観の中には、キリスト教も古代オリエントや古代ギリシアの宗教の中の一つ形だという考え方があった。

ネルヴァルはその考えを受け入れ、キリスト教も死と再生に基づく神秘主義的宗教だと見なしていた。実際、キリストの地獄下りと復活は広く認められているエピソードである。

Descente des enfers de Christ, Les Petites Heures de Jean de Berry

「私」が奏でる天上の音楽は、キリスト教と異教の違いを超えた人間の魂のため息や叫びであり、死と再生の歌だ。ロマン主義の抒情ではなく、生そのものの表現。
一見すると超現実主義、超自然主義とも見なされる神秘主義的な側面を持つが、それこそが現実に他ならない。オルフェウスの竪琴は、そうした詩人の象徴だといえる。

詩句の音楽性の面から見ると、オルフェウスの竪琴(la lyre d’Orphée)から奏でられる音楽が、「エル・デスディシャド」全体を通して響き渡っている。LとRがいたるところで共鳴しているのだ。

Lは定冠詞le, la によって無数にちりばめられているだけではなく、最初の2つのカトランの韻(lé, lie)全てに含まれている。
さらに、Soleil, mélancolieというエンブレムにも3つ使われ、詩の前半の支配的な音である。

それに対して、2つのテルセになると、Rの音が数を増し、全ての行に含まれる。とりわけ、第一テルセでは、front, rouge, raine, treille, pampre, syrèneとキーワードには全てrの音が響く。

第2テルセになると、LとRが交互に現れ、輪舞を踊る。L’Achéron, modulant tour à tour, les soupirs de la sainte, les cris de la fée.

こうした音が、オルフェウスの竪琴に乗せて(sur la lyre d’Orphée)、詩の音楽を作り出しているのである。

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