ランボー「母音」 Rimbaud, « Voyelles » ボードレールを超えて  Au-delà de Baudelaire

言葉の錬金術

興味深いことに、UとOの詩句で、緑は« viride »という単語が出てきても、青は出て来ない。二番目の3行詩で言及される色は紫。そこにはどのような意味があるのだろうか。

U, cycles, vibrements divins des mers virides,
Paix des pâtis semés d’animaux, paix des rides
Que l’alchimie imprime aux grands fronts studieux ; 

O, Suprême Clairon plein des strideurs étranges,
Silences traversées des Mondes et des Anges :
– O l’Oméga, rayon violet de ses yeux ! 

U, 数々の循環、緑の海の神々しい震え
動物が点在する草原の平和、皺の平和、
錬金術の勤勉な広い額に刻み込まれた皺。

O、奇妙で甲高い響きに満ちた最後のラッパの音、
静けさを通り抜ける数々の世界と天使たち。
ー O オメガ、「彼」の目の紫の光線。

1.Uは緑 

Uの連想の中で使われるのは、« vert »ではなく、« viride »。
19世紀の辞書にこの単語は掲載されていず、現代の語源辞典を見ると、ランボーがラテン語の« viridis »(緑)から援用した言葉と説明されている。つまり、ランボーの造語。
では、その言葉をあえて作り出した理由はどこにあるのだろうか。

最初に指摘したいことは、ラテン語ではUとVの文字に区別がなく、石に文字を刻む場合、Vも全てUと記されていたということ。従って、ランボーがUと緑色(Vert)を結合したのは、子音の形に由来すると考えていいだろう。

次に、ラテン語の« viridis »には母音« i »が含まれていることに、注目する必要がある。直前にIは赤と結びつけられていた。その赤は緑と補色関係にある。

19世紀、色彩の理論が様々に発展した。フランスでもシュブルールの色彩調和論等を中心に、反対色や補色の理論に基づき、19世紀後半、印象派の画家たちが新しい絵画制作の模索をしていた。

シュブルールの色彩環


ランボーもそうした時代の思想に触れていたに違いない。そこで、緑U(V)の補色である赤であるIと隣接させ、« i »を含むラテン語の緑(viride)を作り出したのでははないだろうか。補色を隣り合わせると、双方の色がより鮮やかになる。

ランボーの時代に知られていたのかどうかわからないのだが、補色の一方をしばらく見つめ、その後で白い紙を見ると、残像としてもう一方の色が現れるという現状がある。例えば、赤を少しの間見た後で白い紙に目をやると、緑が現れるという心理作用。
« Voyelles »も、Iの赤の後、緑が続くが、その緑(vert)の中に、« i »が含まれ« viride »となり、赤が残る。これこそ、言葉の錬金術によって生み出された新たな言葉だといえる。

新たな言葉、新たな世界を生み出すというのは、神の領域に属す行為。
ランボーにとって、ボードレールは、第一の見者であり、詩人の王であり、本当の神の一人(un vrai Dieu)。(1871年5月、ポール・デメニー宛ての手紙。)

ランボーは、そのボードレールを超えようとした。
そのために自らに課すのは、労働(travail)である。インスピレーションを待ち、技術を用いず、直感的に作業をするのではない。
創造にはたゆまぬ労働が必要だと考える。インスピレーション中心のロマン主義詩人と、エドガー・ポーやボードレールが打ち立てる詩作の理論が対立している時代にあって、ランボーはボードレールに従い、詩作も技術と労働によって行わなければならないという側に立っていた。
卑金属(日常言語)を黄金(詩)へと精錬する錬金術師は、日夜仕事に励む必要がある。実際、ランボーはいたるところに、労働(travail)という言葉を書き付けた。1871年5月13日の手紙には、「ぼくは詩人でいたいのです。そして、「見者」になるために働くのです。」とある。

「母音」の最初の三行詩でも、錬金術が皺を刻み込むのは、大きく勤勉な額(fronts studieux)だと言われる。その勤勉さという言葉が、労働の証しである。
さらに重要なことに、その形容詞(stu/dieux)には神(dieu)が隠れている。錬金術は、人間を超えた神の業なのだ。ランボーが目指す詩作も、ボードレールを超え、新たな世界創造へと向かうもの。その意気込みが、ここに現れている。

詩句のレベルで見ていくと、同時対比の法則に則り、赤いIが至る所に置かれている。
音の次元では、« cy(cle), vi(brement), di(vin), viri(de), (pâ)tis, ani(mal), ri(de), (al(chimi(e), (im)pri(mer), (stu)di(eux) »。
文字のレベルではここに上げた以外に、« (di)vin, (p(ai)x, im(primer) »がある。
その中でとりわけ重要なのは、緑の海の震え(vibrements)に付けられた« divin »。そこでは« i »が« v (u) »を取り囲み、赤・緑・赤という配列がなされ、その単語自体で、色彩調和が実現している。
意味のレベルでは、神(dieu)を喚起し、勤勉さ(stu-dieux)の予言となる。

緑と赤の色彩調和は、コレスポンダンスに基づきいた、対立するものの調和でもある。ここでは、動と静が同時に存在する。Uと同格に置かれた4つ言葉の中で、円の循環(サイクル)と海の震えは「動」、草原の平和と皺の平和は「不動」。緑のUは、色彩の輪(cycle)をベースにし、対立するものを調和させる。
それは神の錬金術の場に他ならない。

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