ヴェルレーヌ「詩法」 Verlaine « Art poétique » 何よりも先に音楽を La musique avant toute chose

第八詩節と第九詩節では、「詩法」に則って書かれた詩句がどのようなものであるのかが示される。

De la musique encore et toujours !
Que ton vers soit la chose envolée
Qu’on sent qui fuit d’une âme en allée
Vers d’autres cieux à d’autres amours.

Que ton vers soit la bonne aventure
Éparse au vent crispé du matin
Qui va fleurant la menthe et le thym…
Et tout le reste est littérature.

さらに、そして常に、音楽を!
君の詩句は、飛翔するものでなければならない。
魂から逃れていくのを感じられるもの、
別の空に向け、別の愛に歩み出した魂から。

君の詩句は、よき冒険でなければならない。
硬直した朝の風にばらまかれた冒険、
風は、ミントやタイムの花を開かせる。。。
そして、残り全ては、ムダなおしゃべりにすぎない。

第八詩節の最初の詩句は、「詩法」の最初の詩句の反復であり、音楽が何よりも重要であると繰り返される。
第九詩節の最後の詩句では、音楽的な詩句以外はたんなる無駄話であり、価値がないと言われる。littératureという言葉は、文学という意味ではなく、ムダなおしゃべりを意味する。

その二つの行に囲まれた6行では、二度、君の詩句(ton vers)という言葉があり、音楽的な詩句がどのようなものかが示される。

音楽的な詩句は、魂を高揚させ、地上から天上へと飛翔させる。
その音楽は、âme, allée, amoursと続く、a音のアソナンスで生み出される。
autresが二つ続くことで、oのアソナンスが生まれると同時に、別の場所、別の愛へという移動感覚も強調されている。
魂は逃れ、飛翔し、我を忘れる高揚感に包まれる。

その飛翔は、冒険でもある。
その冒険は朝の風に乗って始まるが、その風は引きつり硬直している。恍惚感の中で、失墜するイカロスのような危険があることの暗示だろう。

しかし、その風はミントやタイムを花開かせる。音楽的な詩句は香りを発するのである。

ワグナー論の中で、ボードレールは、共感覚についても言及していた。音は色彩を連想させ、色彩はメロディーを連想させ、音と色彩は思考を翻訳する(traduire)。このような五感の通底する共感覚の理論を展開した後で、自身の詩「コレスポンダンス」の一節を引用した。
https://bohemegalante.com/2019/02/25/baudelaire-correspondances/

ヴェルレーヌは、「詩法」の最後に香りを思い出させることで、詩における共感覚の意義を暗示したのである。

Edouard Manet, Le Joueur de fifre

「詩法」は、詩における音楽の重要性を歌った。その音楽に誘われて、詩の読者は「よき冒険」へと旅立つ。目的地は、「紺碧(l’Azur)」。
「詩法」は、ヴェルレーヌ的「旅への誘い(invitation au voyage)」なのだ。

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