マラルメ 「蒼穹」 Mallarmé « L’Azur » 初期マラルメの詩法

第6−7詩節は、死にゆく太陽の後を受け、「天」の死が宣言される。

– Le Ciel est mort. – Vers toi, j’accours! donne, ô matière,
L’oubli de l’Idéal cruel et du Péché
À ce martyr qui vient partager la litière
Où le bétail heureux des hommes est couché,

ー「天」は死んだ。ー お前の向かい私はかけ寄る! おお、物質よ。与えてくれ、
残酷な「理想」と「罪」の忘却を
この殉教者に。彼は、寝台の藁を分け合うためにやって来くる。
人間どもの幸福な群が横たわる寝台。

「天」と「蒼穹」の同義語であり、「蒼穹」の死が宣告される。そして、対極にある「物質」に対する呼びかけがなされる。

「理想」や「罪」もボードレールを思わせ、無限の彼方にある美を求める動きの中に出現する。物質はそうした理想から遠く離れ、現実生活で人々を自足させる。

彼等のように忘却にとらわれれば、美の殉教者である詩人は、俗世界で幸福を味わうことができるはずだと期待する。だからこそ、望むことがある。

Car j’y veux, puisque enfin ma cervelle, vidée
Comme le pot de fard gisant au pied d’un mur,
N’a plus l’art d’attifer la sanglotante idée,
Lugubrement bâiller vers un trépas obscur…

なぜなら、そこでしたいことがあるから。というのも、最後に、私の脳は空になり、
壁の足元に横たわる白粉の壺のよう、
すすり泣く思考を飾る術を、もはや持たない。
暗い死に向かって、陰鬱にあくびをしたい。

第7詩節で、詩は「すすり泣く思考」と表現される。「私」の脳髄が空になり、詩に向かうことさえなくなる。「すすり泣く思考を飾る術」を持たなくなるのだ。
そうなった時に望むのは、あくびをすること。陰鬱に(lugubrement)と暗い死(un trépas obscur)という二つの言葉は、あくびが死につながることを示している。暗い詩を望んでいるのだ。

Degas, deux repasseuses

ところで、マラルメの詩句の難しさの原因の一つは、構文の破壊にあることはすでに記した。ここでも、その片鱗がうかがわれる。最初の行の« je veux »の内容は、最後の行の« bâiller »で明らかにされる。« je veux bâiller ».
« puisque … la sanglante idée »という長い挿入が、構文を見え難くし、散文的な構文理解を妨げる。

しかし、そうした手法のおかげで、何を望むのかに期待がかかり、回答になる言葉により強い光が当たることになる。理解が容易であれば意味が伝わり、意味が伝われば、言葉そのものには注意が払われない可能性が高い。

構文の破壊による難解さは、言葉そのものを価値付けるための、一つの手段である。

内容の観点から見ると、現実に自足することは、脳髄を空にし、詩あるいは美への想いを持たないことにつながる。そうした人々がすることは欠伸のみ。
多くの人々は、欠伸をしながら死に向かうとしても、幸福な集団(le bétail heureux)を形成する。

しかし、詩人は、欠伸をしたいと願っても、幸福な集団の一員になることはできない。なぜなら、彼は「蒼穹」に取り憑かれているから。
そのことが、第8−9詩節で示される。

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