フロベール 『ボヴァリー夫人』冒頭 その2 Flaubert, Madame Bovary, incipit, 2/3

Nous avions l’habitude, en entrant en classe, de jeter nos casquettes par terre, afin d’avoir ensuite nos mains plus libres ; il fallait, dès le seuil de la porte, les lancer sous le banc, de façon à frapper contre la muraille en faisant beaucoup de poussière ; c’était là le genre.

教室に入る時、ぼくたちは帽子を床の方に向かって投げることにしていた。そうすれば、両手が自由に使えるようになる。ドアを入るとすぐ、横長の机の下に帽子を放り投げ、壁に当たって埃をたくさん立てるようにしないといけなかった。それが流行だった。

生徒たちの間では、教室(classe)の入り口から帽子を横長の机の下に投げ、壁に当てる遊びが流行っている。
しかし、机の下を帽子を通すのは難しい。それだからこそ面白いのだが、物理的に可能なのだろうか。

21世紀の日本の読者がこの部分を理解するためには、想像力を働かせるだけはなく、19世紀フランスの教室の様子を知る必要がある。

教室に置かれる机には、椅子と一緒になったもの(pupitre)もあったようだが、ベンチのような長い椅子(banc)だけの時もあったという。
椅子形式だと、膝の上に鞄を置き、それをテーブルの代わりに使ったという。

こうした机であれば、帽子を下に通して、壁まで飛ばすことが可能だろう。
フロベールは、復習室の最初で椅子付きの机(pupitre)に言及し、教室では« banc »という言葉を使う。このような単語の使い分けで、当時の学校の記述に、より大きな現実性を与えたのである。
これは現実性の効果(effet de réel)の一つの例だといえる。

帽子を投げる遊びに戻ると、19世紀の中頃の中学校でみんながしていた遊びかもしれない。あるいは、舞台となっているルーアンの中学だけの流行だったのかもしれない。とにかく、フロベールは、この行為を取り上げることで、二つの効果を狙ったに違いない。

一つは、新入生と他の生徒たちの違いの強調。がちがちに固まっている生徒が、みんなと同じように帽子を投げることなどできるはずがない。

もう一つは、帽子に焦点を当てることで、次の展開に続けること。実際、このエピソードの後、新入生の帽子の描写が続く。

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