ネルヴァル 「黄金詩篇」  ピタゴラスと共に Nerval, « Vers dorés », avec Pythagore

Respecte dans la bête un esprit agissant :
Chaque fleur est une âme à la Nature éclose ;
Un mystère d’amour dans le métal repose ;
« Tout est sensible ! » Et tout sur ton être est puissant.

尊べ、動物の中で動く精神を。
一本一本の花は、自然の中で開花する魂。
愛の神秘が金属の中に佇む。
「全てのものが感じている!」 全てがお前の存在に対して力を持つ。

ここでは、動物、植物、金属へと意識が移行していく。
この順番は、ルネサンス的世界観を反映している。
そこでは、万物の秩序が定まっていた。一番上は神。次に天使、その下に人間。以下、動物、植物、鉱物と下降していく。

動物に生命があるのは当たり前なので、ネルヴァルは動物に精神を付与する。
キリスト教の伝統では、人間と動物の間は明確な区分があるので、動物に精神があるという発想は、過去にはなかったはずである。

花は魂。« Chaque fleur est une âme à la Nature éclose »という詩句は、ネルヴァルの詩句の中でも、とりわけ美しい。
また、花に心を感じる日本的感性には、何の抵抗もなく理解できる。

宇宙の序列の最も下に位置する鉱物を、ネルヴァルは金属とする。そして、愛の神秘を結びつける。
その理由は、愛(amour)という言葉にある。
amourの動詞はaimer(愛すること)。それを現在分詞にすると、aimant. この言葉は、磁石という名詞と同じ形をしている。
愛も磁石も、何かを引きつける力を持つ。しかも、その力は目に見えない。
金属に磁力があり、愛のように人を引きつける力があるとしたら、誰もが神秘を感じるだろう。

このように見えてくると、「全てのものが感じている!」という言葉が、ルネサンス的宇宙観に即して展開されていることがわかってくる。

Delisle de Sales, Philosophie de la Nature, 1777.

自由思想家たちと正反対のこうした思考は、ネルヴァルだけのものではなく、ロマン主義時代の作家たちに共有されていた。
ヴィクトル・ユゴーも、ジョルジュ・サンドも、ラマルティーヌも、バルザックも、全ては生きていると考える思想の持ち主だった。
例えば、ユゴーは、「影の口(La bouche d’ombre)」の中で、「全てのものが口をきくだって? それは、すべてのものが生きているからだ。」「全てには魂が満ちている。」と記している。

こうした考え方は、古代ギリシアのソクラテス以前の自然哲学でも展開されたものであり、ピタゴラス教団の教えの中心でもあった。
そこでは、万物の起源は一であり、宇宙は生命を持つと説かれる。
そして、肉体という牢獄に閉じ込めらた神的存在の魂は、死後肉体を離れ、別の肉体に再び閉じ込められる。輪廻転生である。前生の記憶を想起するのは、魂の不滅に由来する。

ピタゴラス教の教えは、それ以前のオルフェウス教の教えを受け継いでいると言われるが、さらに小アジアの大地母神キュベレーやアッティスの信仰へと遡ることができるかもしれない。古代エジプトのオシリスとイシス信仰、古代ギリシアのエレウシスの秘儀等は、その流れを汲んでいると考えてもいいだろう。

西欧では、理性、知性に基づく思考が支配的であるが、その下には、非理性的な汎生命主義ともとれる思考が、裏の思想として連綿と続いていた。魔術、錬金術、タロットカード、フリーメーソン、降霊術、パンテイスム(汎神論)、オカルト等々、その流れは現在でも続いている。

ネルヴァルはこうした流れの中で、古代ギリシアのピタゴラス派の属する自然哲学の伝統に遡り、18世紀フランスの自然哲学を経由しながら、自己の信条を「黄金詩篇」の一箇条として表明したと考えてもいいだろう。

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