ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » その7(最終) 未来の活力

第25節

Je ne puis plus, baigné de vos langueurs, ô lames,
Enlever leur sillage aux porteurs de cotons,
Ni traverser l’orgueil des drapeaux et des flammes,
Ni nager sous les yeux horribles des pontons.

ぼくにはもうできない。おお 波たちよ、お前たちの物憂さに浸されているから。
綿花を運ぶ人々の残した跡を消すことも。
国旗や長旗の驕りを横切ることも。
監獄船の恐ろしい目に監視されながら泳ぐことも。

「ぼく=酔いどれ船」は、世界中を航海したために疲れ果て、自分を殉教者のように感じていた(第16詩節)が、ここで再び物憂い波に浸される。
そして、もうこれ以上は航海を続けられないと告白する。

綿花を運ぶ人々の中には、「ぼく=酔いどれ船」も含まれる。
第2詩節で、「フランドル地方の小麦やイギリスの綿を運ぶ」とあった。
そのすぐ後、綱曳人たちから解放され、行きたいところに流れていくことになった。従って、綿を運ぶ人々の跡を取り去るということは、自由を獲得するということを意味する。
長い長い航海の後、もはや再びそれはできないと言う。

国旗や長旗のプライドから連想するのは、当時の詩壇で主流を占めていた詩人たちのプライド。
ランボーは1870年にバンヴィルに詩を送り、『現代高踏派詩集』への掲載を依頼した。それは、パリの詩人たちに匹敵したいという、少年詩人のプライドだった。

それが満たされないままに終わった時、違う道を行く決心をした。
実際、1871年、バンヴィルに宛てて、高踏派とはまったく異なる詩を送りつけた。

最終行には、泳ぐnagerという言葉が使われている。
船であれば、航海するvoguerが使われるはず。泳ぐのは人間。
従って、Jeが船でもあり人間でもあるという曖昧さ=両義性が、その動詞によって最後に確認されることになる。

「ぼく=酔いどれ船」がもう動くことができないとしたら、囚人船(ponton)の監視があるからだ。
ちなみに、Pontonは、使われなくなった軍艦が、監獄として用いられたもの。

これまでの大航海は、束縛から解放された空想の中で行われてきた。
その航海が終わった今、再びこんな大冒険はできないと最後に言うことで、100行に及ぶ詩は終わりを迎える。

その詩の最後、「ぼくにはもうできない」Je ne puis plusと詩人は書いた。
としたら、「酔いどれ船」という詩は、自由を求めながら、最終的には束縛の前に無力な詩人の告白なのだろうか。
敗北の詩?

決してそんなことはない。
ランボーは、23詩節に渡って、空想の翼を広げ、言葉の新しい可能性を求めて、詩句を展開した。
現実を反映する詩から、言葉が新しい世界を生み出す詩へと、新しい言葉を作り上げた。
「酔いどれ船」は、その言葉たちの集積に他ならない。

一回限りの奇跡的な言葉の連なり。

それを書き上げた時、ランボーが二度と同じことはできないと考えたとしても、当然だろう。
できないのは、すでに成し遂げたことを反復しようとはしないという意味。
彼の中で、「未来の活力」(第22詩節)が涸渇することはなく、これから『地獄の季節』や『イリュミナシオン』の詩句を生みだしていくことになる。

「酔いどれ船」は決して敗北の詩ではなく、黄金の言葉そのものなのだ。

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