マラルメ YXのソネ 「純粋なその爪が・・・」  Mallarmé, Sonnet en YX  « Ses purs ongles … » マラルメの詩法(1/2)

1887年に発表された「純粋なその爪が」で始まる14行詩は、しばしばYXのソネと呼ばれる。その理由は、非常に特徴的な韻にある。

14行の詩句は、[yx]と[or]という二つの音だけで韻を踏んでいる。
しかも、4行詩(カトラン)と3行詩(テルセ)で韻の男女が入れ代わり、最初は男性韻だった[yx]が、後半では女性韻になる。[or]はその逆に、女性韻から男性韻にと変化する。
こうしたアクロバットのような押韻によって、「純粋なその爪が」には、意味以上に表現に注意を向けさせる仕組みが施されている。

意味よりも表現そのものという詩の性質を象徴するため、マラルメはフランス語には存在しない« ptyx »という言葉を創作した。
フランス語に存在しないということは、意味がないということである。
その一方で、« yx »の音と文字が読者の注意を引き、記憶に留まる。styxがエンブレムになり、この詩がYXのソネと呼ばれるのも、そのためである。

まず、2つのカトランを読んでみよう。

Ses purs ongles très haut dédiant leur onyx,
L’Angoisse, ce minuit, soutient, lampadophore,
Maint rêve vespéral brûlé par le Phénix
Que ne recueille pas de cinéraire amphore

Sur les crédences, au salon vide : nul ptyx,
Aboli bibelot d’inanité sonore,
(Car le Maître est allé puiser des pleurs au Styx
Avec ce seul objet dont le Néant s’honore.)

マラルメは、ptyxというフランス語に存在しない言葉を韻に使うことで、[yx]の韻にとりわけ注意が向くように仕組んだ。

onyx (瑪瑙)
Phénix (不死鳥)
ptyx (意味のない新語)
Styx (冥界の河)

ここでは[ i ]の鋭い音が響く。
単語の最後にeない男性韻であり、性差別的に感じられるかもしれないが、iの鋭さと男性性が対応していると言うこともできるだろう。

[ i ]の韻と対立するのが、[ 0 ]という丸みを帯びた音の韻。
単語の最後がeで終わる女性韻になっている。

lampadophore (ランプを持つ者): phoreは持つを意味する。
amphore (先の尖った古代の壺)
sonore (よく響く)
s’honore (誇る)

最後の二つは、綴りと意味は違うが、音は全く同じ。
s-o-rという三つの音が共通し、しかもoが反復される、とりわけ豊かな韻。

構文を見ると、第1カトランは、主語(l’Angoisse)、動詞(soutient)、目的語(maint rêve)で、「不安が多くの夢を支える」という文の構文はクリアーである。
しかし、いくつかの補語がその構文を不安定にし、意味を不透明にさせている。

さらに、第1カトランだけで文が収まらず、第2カトランにまで侵入する。詩節を超えた句またぎであり、伝統的な詩法に違反している。

こうした点を踏まえた上で、詩句の読解を試みよう。

マラルメは、ptyxという語に関して、意味はなく、脚韻のために発明したと、詩の執筆時期である1868年に、友人のアンリ・カザリス宛の手紙の中で書いている。
しかし、その言葉にもかかわらず、数え切れないほどの解釈が提示されてきた。
このことが意味するのは何か?
詩句の意味が不明であればあるほど、読者はその謎を解こうとして、詩句の罠に捉えられ、意味を探そうとする。意味がないと思われるところに、意味を探す。
意味が明確であれば、探す必要がないことを考えると、意味の理解を困難にすることの意義がわかってくる。永遠にたどり着かない宝探しの旅。
マラルメは、読者をその旅に誘い出す術を熟知した詩人なのだ。

純粋なその爪が、高く高く、瑪瑙を捧げる、
「不安」は、今宵の深夜、支えている、ランプを持つ者よ、
「不死鳥」によって焼かれた、多くの夕べの夢を。
骨壺がそれを納めはしない、

空のサロンの棚の上で。プティックスはない。
それは、廃棄され、空の、よく響く飾り。
(なぜなら、「師」は冥府の川スティックスに涙を汲みに行った、
たった一つのこの品、虚無が誇るこれを持ち。)

この8行の中心に置かれているのは、「不安(L’Angoisse)」。
文字の最初が大文字になっているので、固有名詞のように、形象化されている。
その「不安」は、美を熱望する詩人の創作上の不安と考えていい。
美を生み出そうとする詩人の戦いは、常に詩人の敗北に終わり、永遠の美に到達することはできない。
それはボードレールの「芸術家の告白」のテーマであり、マラルメも「蒼穹(L’Azur)」の中で、その苦悩、不安をすでに歌っていた。
https://bohemegalante.com/2019/06/20/mallarme-lazur/

詩人の不安の爪が、瑪瑙を捧げる。言い換えると、詩人は美に到達できないという不安に苛まれながら、瑪瑙に象徴される理想に心を向けている。

その姿は、ランプを持つ者(lampadophore)によって形象化される。

「不安」は、「不死鳥」によって燃やされた夢をまだ持っているのだ。
ここで燃やすというのは、燃えてなくなるのではなく、「不死鳥」という無限の存在によって活気づけられてきたということ。

今宵の深夜(ce minuit)という表現は、書き手の「今、ここ」を示す「直示」deictiqueであり、「不安」がこの詩を書きつつある詩人の今の状況であることを示している。

もし詩人が無限の彼方にある理想の美への探求を止めれば、不安に襲われることはなくなる。しかし、彼は夢を捨てず、夕べの夢(rêve vespéral)を深夜まで追い続ける。

従って、その夢は骨壺(cinéaire amphore)に収められてはいない。

「不安」は、詩人が夢を追い、美を追求する証しだといえる。

第2カトランの最初の2行は、第1カトランの続きだが、とりわけ空(vide)に力点が置かれる。

骨壺が置かれる棚(crédence)のあるサロンは、空だと言われる。(au salon vide)

ptyxには意味が欠けている上に、何もない(nul)と不在を示す言葉が付けられ、無が二重化している。

その上で、ptyxという音に対して、マラルメは同格表現を用いて、それが小さな飾り(bibelot)であると言う。そして、廃棄された(aboli)と空の(d’inanité)という形容が付加される。

Aboli bibelot d’inanité sonore

これは、yxのソネの中核をなすptyxを説明する同格表現であるが、意味以上に音が際立っている。
[ i ]と[ o ]の母音反復。詩全体の韻yxとoを凝縮している。
[ b ][ l ][ n ]の子音反復。aboli bibelot / inanité
最後の形容詞sonoreは、ptyxが意味ではなく、音に力点があることを示す。空であるが、響きはいい。

6行の詩句に続き、最後の2行で、苦悩が夢を支えている理由が説明される。

「師」とは詩人の師であり、地獄の河に下った者。とすれば、オルフェウスのことだろう。

Jean Baptiste Corot, Orphée ramenant Euridice des enfers

オルフェウスが地獄下りの際に携えていったものは、天空の音楽を奏でる竪琴。マラルメは、ここでそれを明示しせず、ただ一つのこの品(ce seul objet)と言う。
「この」品のこの(ce)は、今宵の夜中ce minuitと同じように、対象を現前化させ、今目のまえにそれがあるような印象を与える。

さらに、その品に、「虚無」le Néantが誇るという説明が付け加えられる。
ここで、詩を象徴する竪琴と虚無が結びつけられ、詩が虚無の場であることが暗示されるのである。

では、「虚無」とは何か?

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