ヴェルレーヌ 「カエルのように重く、鳥のように軽い」 Verlaine « Lourd comme un crapaud léger comme un oiseau » 日本の芸術を見るヴェルレーヌの目

密と粗

Au cruel fracas des trop vives couleurs,
Dieux, héros, combats, et touffus gynécées,
Je préfèrerais, d’entre les œuvres leurs,
Telles scènes d’un bref pinceau retracées.

あまりに激しい色彩が残酷なほどにぶつかり合い、
神々、英雄達、多くの戦い、密集した閨房よりも、
私が好むのは、彼等の作品の中でも、
一筆でさっと描かれたいくつかの情景。

「自然は真空を嫌う」という言葉が、アリストテレスの言葉としてよく知られている。
自然の中に真空はないという考え方だが、それと同じように絵画の中の空間も、神話や聖書に基づく場面にしろ、歴史上の戦いにしろ、描かれた空間は埋め尽くされている。

David, Le Sacre de Napoléon
Eugène Delacroix, La Mort de Sardanaple

ヴェルレーヌは、空間が充満し、色彩が激しくぶつかり合う絵画よりも、さっと描かれた情景の方が好ましいと感じる感性を持っていた。

与謝蕪村、夜色楼台図
鳥文斎栄之 青楼十二時

ダヴィド、ドラクロワと、与謝野蕪村、鳥文斎栄之を比べて見ると、ヴェルレーヌが「色彩の残酷なぶつかり合い」と「一筆でさっと描かれた」という言葉で対比する違いが、はっきりと感じられる。

第3詩節では、日本的な絵画の例が付け加えられる。

Un pont plie et fuit sur un lac lilial,
Un insecte vole, une fleur vient d’éclore,
Le tout fait d’un trait unique et génial
Vivre ces aspects que l’esprit seul colore!

一つの橋がたわみ、百合のように白い池の上を逃げ去っていく。
一匹の昆虫が空を飛び、今しがた開花した一本の花。
全てが、才能あふれる一筆書きで、
それらの光景を息づかせ、彩色するのは精神のみ。

池の上にかかる橋は、モネの庭の風景だけではなく、歌川広重の浮世絵を思わせる。

Monet, Le Pont japonais
歌川広重、亀戸天神境内

しかし、彩色をするのは精神だけということは、目の前にある絵画はむしろ水墨画のように色彩のないものを日本的としている。

能阿弥、四季花鳥図屏風(右隻) 

無色に色彩を見出し、極小に宇宙を感じる。こうした日本的な美の精神を、ヴェルレーヌは感じ取っていたのかもしれない。

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