無の美学 水墨画と余白の美

大和絵との融合

1467年の応仁の乱を経て、戦国時代に入ると、水墨画の表現はこれまでよりもエネルギー感を増し、厳しい線のラインが力強いリアリスムを感じさせる。
その代表的な画家が、雪舟であり、雪村である。

雪舟 秋冬山水図」(冬景図)
雪村 夏冬山水図(冬)

雪村の鳥の絵を、先に見た単庵智伝のものと比較すると、その違いが一目瞭然となる。

雪村 松鷹図

剣豪として有名な宮本武蔵も、三国時代の最後を飾る水墨画を描いている。

宮本二天(宮本武蔵) 鵜図

また、やまと絵との融合が始まり、例えば、能阿弥の「三保松原図」は、伝統的な名所絵を墨で描いたものと見ることもできる。

能阿弥 三保松原図

その一方で、墨絵に彩色を施す試みも始まったことは、狩野元信の「四季花鳥図」等によっても示される。

狩野元信《四季花鳥図》(春夏)

一人の画家が、大和絵系の彩色を施した絵と水墨画の二つを描くようにもなる。
日本の絵画界の中で中心を占めることになる狩野派の一人、狩野元信には、豪華絢爛な「」もある。

狩野元信 四季花鳥図屏風(左)

長谷川等伯は、水墨画を学ぶと同時に、狩野永徳にも学び、独自の画風を作り挙げた。

長谷川等伯 楓図
長谷川等伯 松林図(右)

このようにして、水墨画はそれ自体として存在しながら、同時に、大和絵とも融合し、日本の美の中に組み込まれていった。

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