ボードレール 「腐った屍」 Baudelaire « Une Charogne » 奇妙な恋愛詩

第8詩節では、ボードレールの美学が提示される。

Les formes s’effaçaient et n’étaient plus qu’un rêve,
Une ébauche lente à venir,
Sur la toile oubliée, et que l’artiste achève
Seulement par le souvenir.

物の形は消え去り、もはや一つの夢にすぎなかった。
素描はなかなか描かれない、
画布の上に忘れられ、芸術家が完成に至るのは、
ただ思い出によってのみ。

物の形は消える。
その意味するところは、時間の経過とともに全てのものは消滅し、現実の次元で永遠に続くものはないということだろう。

もし芸術の対象とするものが事物の形体であり、それを再現することが芸術の目的だとしたら、芸術は虚しい。
対象が最高の美だとしても、逆に醜悪なものだとしても、ボードレールはそれらを美化することも、あるがままの姿で再現することも目指さない。
美化し、理想化するとすれば、それは古典主義芸術になる。
あるがままであれば、レアリスムの芸術観になる。
ボードレールの芸術館は、そのどちらでもない。

事物の形体が消え去り、忘れられるとき、それらは一つの夢になると彼は言う。
では夢とは何か?

夢の世界は、現実を反映していることも多いが、全ては私の主観の中で展開する。夢の中に出てくる事物も人物も、そして自己も、全ては「私」の思いの反映であり、想像力が生み出す空想の世界と変わるところがない。

忘れられることで、全てのものが一旦主観の世界の中に取り込まれる。その際に、ボードレールの用語で言えば、「私」の気質(tempéramant)の色彩を帯びることになる。

そして、対象を芸術作品として描くときには、その形体を再現するのではなく、思い出の中から呼び覚ますことになる。
その時、描かれた対象は、元のままの形体をしているとしても、芸術家の気質を通して見られた際の変形を受ける。

同じ対象を描きながら、芸術家によって異なる作品になる。一人の芸術家でも、その時その時で異なった作品を創作する。
たとえ目の前の対象を写生しているとしても、芸術家は対象を夢見、思い出を呼び出す。

ポール・セザンヌが描いたサント・ヴィクトワール山を思い出そう。
彼は同じ山を飽きることなく、描き続けた。対象は同じであり、画家セザンヌの気質も同じ。しかし、描かれる度に、山の姿は違っている。

ボードレールと恋人が街路で目にした腐敗した死体には、ハエやウジ虫がたかり、見た目にもおぞましく、悪臭が漂っていた。
詩人がそれを詩の対象(objet)にするとき、思い出によって呼び出された屍は、醜悪な姿はそのままに、生を感じさせる躍動感、リズム感を持ち、不思議な音楽を奏でる。
そして、そこに美が誕生する。

Salvator Dali, Carcasse

こうして屍の美学が提示された後、詩人は再び現実の世界に戻る。それが第9節の雌イヌへの言及。

Derrière les rochers une chienne inquiète
Nous regardait d’un œil fâché,
Épiant le moment de reprendre au squelette
Le morceau qu’elle avait lâché.

岩の後ろでは、一匹の不安げな雌イヌが、
私たちを怒った目つきで見つめ、
機会を狙っていた、骸骨から、
先ほど離してしまった肉片を取り戻す機会を。

犬は、ボードレールと恋人を、獲物を奪い合う敵と見做したのだろう。不安げで、怒った目つきをしているのは、敵を前にしているからに違いない。

この現実的な場面を詩に描いているのは、ボードレール的な美が現実の対象を無視して生成するのではなく、逆に、現実に基づいていることを暗示するためだと考えられる。

現実から夢に、夢から思い出へ、そして現実に戻る。この過程がモデルニテの美学の基本概念である、美の二面性(束の間と永遠)と対応している。

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