ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち その5

« La femme, esclave vile, orgueilleuse et stupide,
Sans rire s’adorant et s’aimant sans dégoût ;
L’homme, tyran goulu, paillard, dur et cupide,
Esclave de l’esclave et ruisseau dans l’égout ;

女は、卑しく、高慢で、愚かな奴隷、
笑うことなく、自分を崇拝し、うんざりもせず自分を愛す。
男は、大食いで、好色で、扱い難く、貪欲、
奴隷の奴隷であり、下水の中の水の流れ。

女と男が対照的に描かれ、とりわけ女は自己愛の存在であり、男はその女の奴隷だと言われる。

交差韻で対比されるのは、女のstupide(愚かさ)と男のcupide(貪欲)。女のdégout(嫌悪感)と男のégout(下水道)。

両者の存在自体が、永遠の罪(le immortel péché)だと、詩人は言うのだろうか。

« Le bourreau qui jouit, le martyr qui sanglote ;
La fête qu’assaisonne et parfume le sang ;
Le poison du pouvoir énervant le despote,
Et le peuple amoureux du fouet abrutissant ;

死刑執行人は楽しみ、殉教者はすすり泣く。
祭りを彩り、香りを付けるのは、血。
権力の毒が専制君主を苛立たせ、
民衆は人を愚鈍にする鞭を愛する。

処刑の場面に目を移せば、罰する側は楽しみ、罰せされる側の涙など無視する。処刑は祭りであり、血が祭りを盛り上げる。
独裁者は権力に酔い、民衆は虐げられることに喜びを感じる。

« Plusieurs religions semblables à la nôtre,
Toutes escaladant le ciel ; la Sainteté,
Comme en un lit de plume un délicat se vautre,
Dans les clous et le crin cherchant la volupté ;

いくつもの宗教は、私たちの宗教と似ていた、
それら全ては天上を駆け上るのだ。「聖性」は、
羽毛の床の中で気難しい男がころげ回るように、
鋲とたてがみの中で、官能の喜びを探していた。

キリスト教も他の宗教も、天上の神を目指す。その際の精神の上昇は聖性を担うように見えるが、実は官能の喜びと繋がっている。

Eugène Delecroix, Le Christ sur la croix

鋲とたてがみは、キリストが十字架にかけられた時に使われた、手を貫く釘と頭に被せられた茨の冠を連想させる。
さらに、信者たちが、苦行の中で、肉体を傷つけ、痛めつけるための道具と考えることもできる。

苦行は本来、身体を苦しめることで魂の浄化を図り、宗教的恍惚に至る行為。しかし、それが性的な恍惚感と入れ替わり、官能の喜びにいつしか代わる可能性がある。

ボードレールは、天上に駆け上がる宗教的な恍惚感を、官能の喜び(volupté)と同一視しする。羽毛の床が、その暗示である。

« L’Humanité bavarde, ivre de son génie,
Et, folle maintenant comme elle était jadis,
Criant à Dieu, dans sa furibonde agonie :
” Ô mon semblable, ô mon maître, je te maudis ! “

「人類愛」は無駄口をきき、自分の才能に酔い、
今や狂女のよう、かつでもそうだったように。
そして、こう神に祈る、怒りに満ちた死の間際に、
「おお、我が同胞よ、私の主よ、お前を呪ってやる!」

「人類愛(Humanité)」という言葉は、19世紀の前半から大きな意味を持ち、非人間的な労働を強いる近代社会に反対する、人道主義的な意味合いを帯びていた。
人類愛、博愛、ヒューマニズム等の言葉で示されるものと同じと考えていい。

そうした言葉は、内実を伴わず、言葉だけで終わっていると、ボードレールは非難する。狂ったように、言葉を数多く費やすだけだと。
そして、「人類愛」に、神を呪っているとまで言わせる。

次の詩節になると、詩人は、彼自身に近い芸術家たちに存在にも言及する。

« Et les moins sots, hardis amants de la Démence,
Fuyant le grand troupeau parqué par le Destin,
Et se réfugiant dans l’opium immense !
— Tel est du globe entier l’éternel bulletin. »

もう少し愚かではない人々は、「狂気」を愛する大胆な人々だが、
「運命」が囲い込んだ大群から逃れ、
逃げ込むのだ、巨大な阿片の中に!
ーーこうしたことが、地球全土の永遠の報告書だ。」

Odile Redon, Nuages fleuris

当時であればボヘミアンと呼ばれ、少し後の時代には呪われた詩人と呼ばれるであろう芸術家たち。彼等は他の群衆、いわゆるブルジョワたちと比べれば愚かではなく、狂気を愛するという大胆さを持っている。

彼等は、運命に盲目的に導かれているブルジョワたちから逃れ、阿片の中に逃避する。
阿片は、人工楽園を作り出し、一時だけだとしても、芸術的な恍惚感を与えてくれる。

ボードレールは、こうして、13詩節52詩行を使い、驚くべき旅人たちに、航海のさなかに見たものを語らせ、「地球全土の永遠の報告書」として提示したのだった。

Odile Redon, Le cyclope

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中