レオナルド・ダ・ヴィンチ モナ・リザの謎 Mystères de La Joconde de Léonard de Vinci

本物のような絵

15世紀から16世紀のルネサンスの時期、絵画は大きな転換点を迎えていた。現代の我々からすると当たり前になっていることが、その時代には驚きをもって迎えられたに違いない。
それは何か?

それは、2次元の平面に描き出される絵が、3次元の現実世界を、あたかも本物のように再現するようになったことである。

そうした時代にあって、「モナ・リザ」が同時代の人々に高く評価された理由の一つに、女性の表情や服のリアルさがあった。
あたかも、本人がそこにいるかのような感じがしただろう。

当時のイタリアにあって、レオナルド・ダ・ヴィンチは、本物を再現する芸術の最先端にいた。
彼は、都市の建築、武器の製造、宇宙の原理、人体の謎などあらゆる事象に興味を持ち、探求を続けていた。
例えば、人体解剖を自らの手で行い、そのスケッチを数多く残している。

こうしたレオナルドの姿勢を見れば、絵画表現においても、現実をありのままの姿で再現しようとしたことは、当然のことに見える。

そのために彼が重視したのは、油彩画だった。
彼の時代まで、イタリアでは、フレスコ画やテンペラ画が絵画の主流だった。
それに対して、レオナルドは、北方絵画で主流であり、より写実的な表現が可能な、油絵具を使用した。

テンペラ画では、絵具を卵で溶くため伸びがよくなかった。大きな表現には向いているが、細部まで細かく描くことには向いていなかったのである。
他方、油彩の場合には、絵具の伸びがよく、薄く溶くことが可能だった。最新の科学的調査によれば、薄く塗る層(グレーズ)の厚みは1~2ミクロン単位だったという。そのために、繊細な表現が可能になった。

その違いは、テンペラ画で描かれたイタリアの画家フラ・アンジェリコの「キリストの埋葬」と、その絵画を参照した後に書かれたフランドル派の画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「キリストの哀悼」を見比べると、一目でわかる。

Fra Angelico, Pièta
Rogier van der Weyden, Lamentation du Christ

キリストの肌のやつれ具合、弟子達の服、背景の山の様子など、フラ・アンジェリコのものは、のっぺらとして、現実感に乏しい。
反対に、ファン・デル・ウェイデンの方は、質感が増し、リアルな感じがする。

ファン・デル・ウェイデンと同じ時代に活動したフランドル派の画家ヤン・ファン・エイクは、絵の具を薄く溶いて、透明な色層で描くグラッシ技法を開拓したと言われている。
彼の「アルノルフィーニ夫妻像」は、非常に詳細に細部まで描き込まれ、現実の再現として完成の域に達している。

Jan van Eyck, Portrait d’Arnolfini

画面の中央に置かれた鏡の中には、アルノルフィーニ夫妻だけではなく、彼等を描く画家自身の姿まで描き出されている。

細部まで残らず描き出す現実再現性は、17世紀スペインの画家ベラスケスにも引き継がれ、「侍女達」でも鏡が同じ使われ方をしている。

Diego Velázquez, Las Meninas

中央の鏡に映るのは、画面には現れていないが、ベラスケスが描いている肖像画のモデルである、スペイン王夫妻。

ここまでの再現性を可能にするには、遠近法に基づき奥行きを作り出すだけではなく、明暗法(キアロスクーロ)やフスマート技法を駆使して、立体感と質感を生み出すことが不可欠である。

明暗法は、光と影の効果を使い、物の立体感と質感を表現することを可能にする技法。

ラファエロの「ラ・フォルナリーナ」を見ると、光の当たる部分の明るさと、影になった部分の暗さのコントラストが、描かれているものをいかにリアルに見せるか、実感することができる。

Raphaël, La Fornarina

例えば、彼女の左の脇の下、胸に当てられた手の下、指の間の影が、肉体表現を自然にしているのを、はっきりと見てとることができる。

明暗法が最高度に洗練された例として、17世紀フランスの画家ジョルジュ・ド・ラ・トールの「大工 聖ヨゼフ」がある。

Georges de la Tour, Saint Joseph charpentier

ジョゼフの前に座るキリストの左手は、蝋燭の光で透き通っている。光の明るさと、辺りの闇。その中間にある手の透明感。明暗法の効果がこれほど見事に示された例はないといえるほどである。

ダ・ヴィンチは、こうした明暗法によって可能になる明と暗のコントラストを巧みに用いながら、光から影へと続く無限の色調の変化を、フスマート技法によってさらに巧みに表現する。
薄い色彩の層を何層も重ねて塗ることで色彩に微妙なグラデーションを生みだし、自然な色の変化をつけることに成功したのである。

フスマート技法の代表的な例として言及されるのが、「モナ・リザ」の口元。
そこでは、陰影の微妙な変化を見ることができる。

背景の山並みを表現するための空気遠近法のためにも、髪の毛の縮れや服の皺のリアリティーを出すためにも、フスマート技法が使われている。

こうした表現では、筆の跡が残らない。そのために、誰かが描いた絵というよりも、現実がそこにあるという印象を生み出す。
自然界に輪郭を区切る線はないと考えたレオナルドにとって、色と色の境目をぼやけさせ、輪郭線をなくすこの技法は、なめらかな女性の肌や衣服の流れるようなしわなどを表現するために最適なものだったに違いない。

その上で、絵画の魅力を生み出すために、ハイライトの効果を狙った描き方をする。

絵具を濃く溶くと、色彩は不透明感が高くなる。その暗い地の上に、明るい色彩を塗っても、下地が透けて見えることはない。黒い下地の上に白い点を描いても、灰色にはならない。暗い背景の上に、コントラストのはっきりとした輝きをもった光を表現することができるのである。

モナ・リザの手首に近い茶色系の服の皺を見ると、その下と上で、闇と光のコントラストがはっきりと描き出されている。額や胸の輝きに劣らない明るい光が、手首と服の皺も照らし、ナチュラルな表現に華やかさを付け加えている。

「モナ・リザ」の写実性は、15世紀、16世紀の人々を驚かせ、感激させたに違いない。この女性は生きている、と思われたかもしれない。

他方、現代人は本物そっくりの絵に驚くことはない。
私たちが感じる魅力は、現実の再現性を超えた部分、例えば、光の輝きに現実を超えた美を感じるといったところにあるのかもしれない。

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