日本的美の形成 室町時代から安土桃山時代

狩野元信(1476?ー1559)は、漢画の堅固な画面構成と、やまと絵の画題である絵巻物や金碧画を融合させた。

先に見た「四季花鳥図」が代表作であるが、その他に「禅宗祖師図」など、二つの様式が融合した、堅固でありながらも優美な表現を実現している。

狩野元信 四季花鳥図
狩野元信 禅宗祖師図 三平開胸図

狩野元信の孫にあたる狩野永徳は、織田信長、豊臣秀吉に仕え、安土桃山時代を代表する画家である。

この時代は、空前の黄銀ラッシュの時代であり、絵画にも多くの金が使われた。
永徳の「唐獅子図」や「洛中洛外図」はそうした時代を代表する作品の一つである。

狩野永徳 唐獅子図
狩野永徳 洛中洛外図

その一方で、永徳は水墨画の構図に従った障壁画も描いている。

狩野永徳 聚光院方丈障壁画 花鳥図

彼と同じように、一人の画家が、和漢の様式を描き分けていることも、二つの様式の融合の印だと考えられる。

長谷川等伯の水墨画「松林図屏風」は、日本水墨画の最高傑作とされる。

長谷川等伯 松林図屏風 左隻

同じ長谷川等伯の金碧障絵画。漢画的な構図に壮麗な色彩が施されている。

長谷川等伯 楓図

海北友松も、水墨画と彩色画の二つの系列を描き分けている。

海北友松 楼閣山水図
海北友松 花卉図(妙心寺)

こうした過程を経て、飾りの美と質素な美が融合し、時代時代によって、どちらかが強くなったり弱くなったりしながら、日本的な美の源流を形作ってきた。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中