雌猫アカの世界 神秘主義について その1

アカの世界の再発見 ー 神秘の世界

神秘主義は、超越的実在(神、絶対者)を、日常的感覚世界を脱した内的直感によって直接的に体験しようとする宗教的、哲学的立場だと定義される。
https://www.weblio.jp/content/%E7%A5%9E%E7%A7%98%E4%B8%BB%E7%BE%A9

日本語のウィキペディアだと、「絶対者(神、最高実在、宇宙の究極的根拠などとされる存在)を、その絶対性のままに人間が自己の内面で直接に体験しようとする立場」と説明される。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%A7%98%E4%B8%BB%E7%BE%A9

これらの定義のベースになっているのは、人間の日常世界の現実と、超越的存在との対立。一方は理性で理解可能だが、超越的な実在は理性的な理解を超えている。だからこそ、神秘的だと感じる。

そのように考えた時、日常的な経験を超えた何かを人間が感じることができるとしたら、それは「アカの世界」なのではないだろうか。
その世界は現実では計り知れないために、そこに神秘を感じ、ある時には超越的な世界と考えることもある。

時間の句切れがない世界を、無限の彼方に設定すれば、永遠のイデア界になる。
プラトンは、現実をイデア界の「影」と考えた。
現実から影を取り去ると、アカの世界になる。

そこに人格神を設定すれば、一神教の神を想像することもできる。
多数の神々の住み処を想定すれば、自然を具現化した神々の姿を思い浮かべることになる。
不死の神(々)の世界に時計はない。

物に固有に実体を想定しなければ、一つの物が別の物に変わることは可能。だから、卑金属を金に変える錬金術も容易だ。

「私」と「他」との区別もなくし、主体と客体が一体化する瞑想は、アカの世界から影を取り払うことを目指している。
自他が失われた忘我状態を「無」と考えると、禅の思想につながる。

私たちが現実と見なしている世界観の根底にあるアカの世界。その世界を私たちは、神秘的と感じ、その世界に対する恐れと憧れを抱くことがある。
アカの世界には影による区切りがなく、現実から見れば無秩序かもしれないが、完全な自由でもある。
そこで、アカの世界の再発見は、現実の束縛から解放されることにもつながる。

雌猫アカは、私たちに、そんな世界観を垣間見させてくれる。

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