映画のネタバレについて ストーリーの役割

映画を解説を見ていると、「ネタバレ注意」と書かれているのを見かけることがある。その表現は、ストーリーの結末まで書いてあることを予告している。

ネタバレに関して考える時、最も興味深いのは、ビリー・ワイルダー監督の「情婦(Witness for the Prosecution:検察側の証人)」だろう。
タイトルエンドが出た後、次のようなナレーションと字幕が流れる。

for the greater entertainment of your friends who have not yet seen the picture, you will not divulge to anyone the secret of the ending of Witness for the Prosecution.
この映画をまだ見ていないご友人たちが大いに楽しめるように、「検察側の証人」の結末の秘密を誰にも明かさないようにしてください。

このナレーションをそのまま信じれば、映画制作者自身が、映画の楽しみはストーリーの結末にあると言っていることになる。

しかし、ふと立ち止まって考えてみよう。
好きな映画であれば、2度3度と見ることはよくある。その場合にはストーリーは全て知っていて、ネタバレの状態で見ている。
そして、映画は何度見ても、その都度発見があり、楽しい。

そのように考えると、映画にとってストーリーとは何かという疑問が浮かんでくる。

「検察側の証人(邦題「情婦」はあまりにも内容とかけ離れていて、題名として相応しいと思えない)」の原作は、アガサ・クリスティ。
殺人事件の犯人探しをしながら、容疑者が有罪なのか無罪なのか、心証が変わる物語の展開は見事だし、最後の最後にどんでん返しがあり、観客は騙されたことに心地よく驚くことができる。
そうした物語のネタバレをしたら、映画の面白さが半減してしまうと考える人もいるに違いない。

舞台は1952年のロンドン。素人発明家のレナード・ヴォール(タイロン・パワー)は、金持ちの未亡人エミリー・フレンチ夫人を殺した容疑がかけられている。
そこで、法曹界の長老ウィルフリッド(チャールズ・ロートン)の事務所を訪れ、弁護を依頼する。
状況証拠は明らかに彼が犯人であると指し示していて、潔白を保証するのは妻の証言しかない。

次に、ボールの妻クリスチーネ(マレーネ・ディートリッヒ)が弁護事務所を訪れ、夫のアリバイを証言する。
その場で、二人は戦時中ドイツで知り合った過去のこと等を語るが、彼女の証言はどこか頼りなさげである。

裁判において、検事の証人喚問やウィルフリッドの反対訊問などが行われるが、どちらも決定的な証拠を出すことができない。
そうした時、クリスチーネが出廷する。
しかも弁護側ではなく、夫を有罪にする「検察側の証人」として! 
彼女は、自分には前夫があり、ヴォールとの結婚は正式のものではないと告白する。さらには、ヴォールは彼女に未亡人殺しを告白したと証言する。
その結果、ヴォールの有罪は確定するように見える。

その夜、弁護士のウィルフリッドは見知らぬ女に呼び出され、クリスチーネが恋人に宛てた手紙を手に入れる。その手紙には、彼女がレナードに殺人の罪を着せ、恋人と結婚するといったことが書かれていた。

翌日の法廷で、ウィルフリッドはその手紙を証拠として提出し、クリスチーネが夫を陥れるために偽りの証言をしたことを証明する。
その結果、ヴォールは無罪の判決を受け、クリスチーネは偽証罪に問われる。

普通であれば、これで一件落着となるはずだが、予想外の結末が待っている。
ヴォールの無罪が確定したことで、クリスチーネは、恋人に宛てた手紙を渡したのが変装をした彼女自身であったことを弁護士に明かす。全ては夫を無罪にするための偽装工作だったのだ。
弁護士と法廷はクリスチーネの芝居にまんまと騙されたことになる。

しかし、物語はそこでも終わらない。
ヴォールの本当の恋人が姿を現し、クリスチーネは自分が騙され、ヴォールの無罪を勝ち取るための道具として使われたことを知る。
怒り狂ったクリスチーネは机の上にあったナイフを手に取り、ヴォールを刺し殺す。

最後、弁護士ウィルフリッドは、クリスチーネに騙されたにもかかわらず、彼女の気持ちを理解し、今度は彼女の弁護を引き受けるという言葉を残して、裁判の行われた部屋を出る。
その人情味のある言葉が、ストーリーの最後に置かれることで、映画の後味をよくしている。

ネタバレというのは、こうしたストーリーの結末を明かすこと。
ここに書いたことは明らかにネタバレで、映画をまだ見ていない人から、「検察側の証人」を見る楽しみを奪ってしまいかねない、ということになる。

しかし、繰り返しになるが、好きな映画であれば、2度でも3度でも見る。ストーリーは知っているからこそ、次の場面で何か起こるか知っていて、知っているからこそ、ますますはらはらしながら見ることもある。

例えば、裁判が終わり、夫の無罪を勝ち取ったクリスチーヌが、弁護を担当したウィルフリッドに、手紙のトリックを明かす場面。

舞台は裁判が終わった一室。弁護士は席に座っていて動かない。被告人の妻は、彼に近づき、話しかける。動きは最小限に留められていて、二人がただ会話をするだけ。
カーアクションやCGによる派手な映像になれている観客には、退屈な場面に思われるかもしえない。

しかし、私たちが目にし、耳にしているのは、多少疲れているようではあるが、裁判官、陪審員たち、弁護士を騙して最愛の夫の無罪を勝ち取り、満足しているクリステーヌ。
彼女を演じるマレーネ・ディートリッヒの演技は、そうした様子を観客に見事に伝えている。彼女の演技が下手だったら、この場面の説得力はなくなってしまう。

裁判の後も、どこか納得がいかないウィルフリッド弁護士の様子も、それに匹敵する真実性を持っている。
チャールズ・ロートンの演技が稚拙だったら、この場面がこれほどの緊張観を持つことはないだろう。

最後に、クリステーヌが偽りの手紙をウィルフリッドに渡した女だと明かす場面。下町の女になりきるディートリッヒの演技、そして、彼女を前にしたロートンの驚きが、映画を見ている観客の驚きにそのままつながる。

この場面、ストーリーとしては、裁判の後、夫がクリステーヌを騙していたことが発覚する場面へとつながる転換を準備している部分にすぎない。
他方、観客が体験しているのは、二人の俳優が演じる人間性溢れるシーン。演技が稚拙だと、見ている側はしらけてしまう。
こう言ってよければ、ストーリーは場面の展開を通して抽出される非実体的なもの。観客が実際に体験するのは、映像と音声によって構成される場面である。

映画は、視覚と聴覚による芸術であり、映像と音声から成り立っている。
映像は、背景と人物の動きが構成する。
音声は、人物のセリフ、リアルな音、音楽等によって構成される。
こうした要素が場面を構成し、その連続によって物語が展開し、ストーリーが作られる。

その中で、ストーリーの役割とは何だろう。
映画においても、小説においても、ストーリーがないものはわからないとか、理解できないと感じる。
逆に言えば、出来事の展開を追い物語がわかると、映画や小説がわかったと思う。
ストーリーは「理解の要」なのだ。

波瀾万丈の物語は、ハラハラドキドキする感情を生み出し、面白かったという感想をもたらす。
最後に大逆転があれば、面白さは倍増する。
ネタバレは、結末を教えてしまうために、その面白さを奪ってしまう。
「ネタバレ注意」はその予防だといえる。

確かに、最初に映画を見るときには、物語の展開を追い、ストーリーを辿りながら見ることが多い。
しかし、映画体験は、視覚と聴覚に基づく仮想現実を生きることにある。
繰り返しになるが、ストーリーは場面の連続から抽出されるものであり、観客が体感するのは、目の前を流れる映像と音声、人間の動き、セリフ、背景等、具体的な感覚世界。

従って、ストーリーは映画を構成する一つの要素でしかなく、結末を知ったからといって、映画の楽しみが失われるものではない。

クリステーヌがウィルフリッドを騙して偽物の手紙を売りつける場面。マレーネ・ディートリッヒの演技に誰が騙されないだろう!

同じマレーネ・ディートリッヒが、ドイツでは酒場の歌手であり、イギリス人の兵士であるレナード・ヴォールと恋に落ちる。

こうした一つ一つの場面を体感するのが映画体験であり、そこにこそ映画を見る最大の楽しさがある。

ストーリーは、物語を前に進め、場面の展開に観客がついていくための大きな要素であるが、あらすじばかりに気を取られていると、視覚と聴覚の体験を忘れがちになってしまう。
映画のより大きな楽しみ(the greater entertainment)は、ビリー・ワイルダー監督の(皮肉な)言葉に反して、映像と音声(セリフ、音楽)で構成される世界に身を浸し、上演時間を過ごすことにある。

「検察側の証人」は、116分の間、私たちをフィクションの世界に導き、そこで繰り広げられる人間のドラマに立ち会わせてくれる。
そのフィクション世界が魅力的であれば、私たちは結末を知っていても、そこに喜んで戻るだろう。

ネタバレに注意する必要はない。

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