ジェラール・ド・ネルヴァル 「散歩と思い出」 散文のポエジー Gérard de Nerval Promenades et Souvenirs 6/8

「6.エロイーズ」では、青春時代を振り返り、恋愛を通してネルヴァルが詩人となっていく過程が物語られる。

その際、20歳位の時(1828年頃)に雑誌に発表したトマス・ムーアの詩の翻訳(実際には様々な詩の断片をつなぎ合わせた翻案とも言える詩)を引用している。
その詩は、「過ぎ去る時間」に基づき、今のあなたの美も時間とともに衰えるのが定めであり、だからこそ今という時を十分に生き、私を愛して欲しい、という内容を歌っている。その点で、16世紀フランスの詩人ロンサールの詩 「愛しい人よ、さあ、バラを見に行こう」などと似た内容を持つ。

また、章の題名になっているエロイーズに関しては、愛する女性を女王に見立て、その足元に身を投げ出すというエピソードを通して、手の届かない対象に憧れるプラトニスム的な恋愛観をうかがい知ることができる。


「6.エロイーズ」

私の入っていた寄宿舎の近くには、刺繍を仕事にする若い娘たちが住んでいた。その中の一人はラ・クレオールという名前で、私が初めて書いた恋愛詩の相手だった。よく整った目、とても穏やかなギリシア的横顔、私にはそれらが、冷たく厳めしい勉強の慰めとなった。彼女のために、私は、ローマの詩人ホラティウスの詩「ティンダリスに」を韻文で翻訳した。イギリスの詩人バイロンの恋愛詩のリフレインは、こんな風に訳した。

言っておくれ、アテネの乙女よ、
なぜお前はぼくの心を奪ったのか!

時々、夜明けに起き、・・・(注:地名が記されず、あえて・・・されている。)に向かいながら、ひどい雨の中を急ぎ足で歩き、自作の詩句を大きな声で朗読した。残酷な娘は、私の彷徨う愛やため息を笑いものにしていた! 次の詩句も彼女に向けて書いたもの。アイルランドの詩人トマス・ムーアの恋愛詩を真似たものだった。

喜びが、優しさと希望に満ちた
お前の目に輝く時、
生命の魅力が、
お前の優美な顔立ちを美しくする時、—————
そんな時、私はため息をつく。
苦い悲しみは、
今日はお前から遠くにあるが、明日はお前を捕らえ、
お前の愛らしい口元から、微笑みを消してしまうのではないか、と考えて。
「時間」は、お前も知っているだろ? その歩みとともに、引きずっていくんだ、
消え去った幻を、
冷え切った火を、不実な友を、
裏切られた希望を。

でも、信じておくれ、愛しい人よ、生まれつつある全ての魅力、
ぼくが酔いしれながら見つめている魅力が、
もし、愛撫するぼくの腕の中で消え去ったとしても、
君は、ぼくの愛をわかってくれるだろう!———
もしも、君の美しさが枯れてしまい、
もしも、その優しい微笑みを、
その優美な愛しい顔立ちを、
君の愛すべき全てを、君が失ったとしても、
それでも、ぼくの心は揺らがない。
その心の誠実さを通して、君は全てを期待してもいい。
ぼくの愛は、「時間」にも、「運命」にも打ち勝ち、
君に向かって飛んで行くだろう、今よりも愛に燃え、今よりも優しく!

そうだとも! もし全ての魅力が、今日、君から去ったとしたら、
ぼくは君のために嘆くだろう。でも、この忠実な心の中で、
ぼくは、新しい優しさを見出すだろう。
恋人たちが君から離れていくかもしれない時、
苦しみに満ちた嫉妬心を追い払い、
もっと生き生きとした情熱が、ぼくを活気づけるだろう。
ぼくは言うだろう。彼女はぼく一人のもの、なぜなら、世界中で、
ぼく一人が、今でも彼女を愛しているんだ!と。

あえて何を予見できるだろう? 青春が、
輝きで君を取り巻いている時に。しかし、その輝きは移ろいやすく、
君は、ある一つの心の愛情を、全面的に信頼することができないでいる。
だが、その心の中で、時間は何も変えることができない。
いつか君は、その心をもっとよく知るだろう。時を経るに従って大きくなる
常に変わらぬ愛は、「太陽」の花に似ている。
その花は、夕べ、太陽が沈む時に捧げるのと同じ恭しさで、
朝、太陽の目覚めを祝福する!

私がこうした気まぐれな恋から逃れたのは、初めての苦しみを語ることによってだった。人を傷つける一つの言葉も、不純なため息も、私が従姉妹たちに捧げた敬意を、決して汚したことはなかった。エロイーズが、最初に、私に苦悩を体験させた。彼女にはお目付役として年老いたイタリアの女性がいたが、その女性が私の気持ちを知るようになった。そして、私の父の召使いと相談し、私たちが出会う場を準備した。私はこっそりとある部屋に降りて行くように言われた。そこには、エロイーズの姿を描いた大きな絵があった。銀の髪留めが、彼女の漆黒の豊かな髪の束を貫いていた。彼女の胸の上では、金色の止め紐が絹やビロードの生地の上でキラキラし、女王の胸のように輝いていた。私は動転し、陶酔して我を失い、肖像画の前に身を投げ出した。ドアが開き、エロイーズが私のところにやって来て、微笑みながら私を見つめた。「お許しを、女王様。」と私は叫んだ。自分が、エレオノールの足元に身を投げ出したイタリアの詩人タッソーとか、ジュリーの足元に身を投げ出した優しいローマ詩人オヴィデウスだと思ったのだ。

彼女は私に何も答えることができなかった。二人とも薄明かりの中で何も言わずにいた。私は彼女の手に口づけする勇気がなかった。そんなことをしたら、心臓が張り裂けてしまっただろう。——— おお、青春時代の失われた恋愛の、苦しみと残酷な後悔! 思い出の何と残酷なことか! 「人の魂の消え去った熱気よ、なぜお前たちは再び戻ってきては、もう鼓動しない心を熱するのか?」 エロイーズは今は結婚している。ファンシェット、シルヴィ、アドリエンヌは、永遠に私から失われた。——— 世界は荒涼としている。世界は不満な声をした亡霊たちに満ち、私の虚無の破片の上で、愛の唄を呟いている。それでもなお、愛しい姿の娘達よ、戻って来てくれ、! 私は愛し、苦しんだ! 「空を飛ぶ一羽の鳥が木立に秘密を打ち明けた。木立は通り過ぎる風に秘密を伝えた。——— ぶつぶつ呟く水たちがその崇高な言葉を繰り返した。——— アムール(愛)! アムール(愛)!」







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