ランボー 「錯乱1 愚かな乙女」 Rimbaud «Délires I Vierge folle» 4/5 悲しい楽園

愚かな乙女は、地獄の夫に捉えられた囚人のようだったと語った後、不安を抱えながらも彼女なりに幸福を感じていた様子を口にする。

 « Ainsi, mon chagrin se renouvelant sans cesse, et me trouvant plus égarée à mes yeux, ― comme à tous les yeux qui auraient voulu me fixer, si je n’eusse été condamnée pour jamais à l’oubli de tous ! ― j’avais de plus en plus faim de sa bonté. Avec ses baisers et ses étreintes amies, c’était bien un ciel, un sombre ciel, où j’entrais, et où j’aurais voulu être laissée, pauvre, sourde, muette, aveugle. Déjà j’en prenais l’habitude. Je nous voyais comme deux bons enfants, libres de se promener dans le Paradis de tristesse. Nous nous accordions. Bien émus, nous travaillions ensemble.

「そんな風にして、私の悲しみは絶えずぶり返し、自分の目から見てもますます道を踏み外していきました。ーー 私のことをじっと見つめようとしたかもしれないみんなの目からも、同じように見えたことでしょう、もし私が永遠にみんなから忘れられるという刑を宣告されていなければ! ーー 私はますますあの人の思いやりに飢えていきました。口づけや愛情のこもった抱擁があれば、天国でした。暗黒の天国です。私はそこに入りました。できれば、そこに取り残され、哀れで、耳が聞こえず、口がきけず、目が見えないでいられたらと思いました。そうしたことにはもう慣れていたのです。私には、私たち二人が善良な子供のように見えました。悲しい「楽園」を散歩する自由もありました。私たちはわかり合っていました。とても嬉しくて、一緒に働きました。

(朗読は9分0秒から。)

「私」(=愚かな乙女)は、悲しみ(chagrin)を口にし、天国(un ciel)も暗黒(sombre)だし、楽園(paradis)も悲しい(de tristesse)ものだと言う。
「地獄の夫に付き従うことで、ますます道を踏み外し(égarée)、他の人々から排除され、忘れられるという判決を受けている(condamné à l’oubli)いる。égarée, condamnéeという言葉は、キリスト教的な断罪を連想させる。

そのために、「私」と地獄の夫は、社会から孤立し、二人だけの空間に閉じこもって生きざるをえない。
しかし、その状態は、「私」にとって、夫からどんなに辛いことをされ、ひどい言葉を投げかけられても、口づけ(baisers)をされ、抱きしめられる(étreintes)と、天国や楽園に感じられる。

そこでは、五感を失ってもいいとさえ思う。耳が聞こえず(sourd)、口がきけず(muet)、目が見えない(aveugle)、哀れな(pauvre)状態であればとさえ思う( j’aurais voulu)。
散歩するのも自由だし(libres de se promener)、分かり合っていた(nous nous s’accordions)。
愚かな乙女にとって、地獄の夫と一緒に心を動かし(émus)、働く(nous travaillons)状態は、回りからはどんなに悲惨に見えても、楽園(Paradis)に違いない。

そうした愚かな乙女に対して、地獄の夫は別れを予見させる言葉を発することがあった。

Mais, après une pénétrante caresse, il disait : « Comme ça te paraîtra drôle, quand je n’y serai plus, ce par quoi tu as passé. Quand tu n’auras plus mes bras sous ton cou, ni mon cœur pour t’y reposer, ni cette bouche sur tes yeux. Parce qu’il faudra que je m’en aille, très-loin, un jour. Puis il faut que j’en aide d’autres : c’est mon devoir. Quoique ce ne soit guère ragoûtant…, chère âme… » Tout de suite je me pressentais, lui parti, en proie au vertige, précipitée dans l’ombre la plus affreuse : la mort. Je lui faisais promettre qu’il ne me lâcherait pas. Il l’a faite vingt fois, cette promesse d’amant. C’était aussi frivole que moi lui disant : « je te comprends. »

でも、ぎゅって抱きしめてくれた後、あの人はこんな風に言ったものです。「お前には変に感じられるかもしれない、おれがいなくなると、お前が今まで過ごしてきたことがさ。お前の首の下の俺の腕、お前が横になってる俺の胸、お前の目の上のこの唇が、もうないってなる時にさ。だって、俺は行かないといけないんだ、とても遠いところに、いつかはな。他の人達を助けないといけないんだ。俺の義務なんだ。気は向かないけど・・・。 良い子だ・・・。」 とっさに私はこう感じました。あの人が行ってしまったら、眩暈がして、ひどく恐ろしい闇に突き落とされるって。死にです。だから、私を捨てないってあの人に約束させました。あの人20回も約束しました。恋人っぽい約束です。でもそれは、私が彼に「あんたのことわかっているわ。」と言うのと同じくらい、軽いものでした。

二人は体を横たえ、しっかりと抱き合いながら、会話をしている。
お前の首の下の俺の腕(mes bras sous ton cou)、お前が横になってる俺の胸(mon cœur pour t’y reposer)、お前の目の上のこの唇(cette bouche sur tes yeux)。これらの具体的な身体の表現は、二人の関係が五感の官能を呼び起こすものだったことを示している。

この前の部分で、愚かな乙女は、耳が聞こえず、口がきけず、目が見えなくてもいいと言ったが、逆に言えば、彼らはその時、官能の世界にいたことを示している。

地獄の夫は、いつかそうした状態を離れ、別の人々を助けに( j’en aide d’autres)行くのだという。その言葉は、すでに見てきた「私」の思い、つまり夫が他の人と一緒にいる姿を想像することはないという思いとは相容れない。
つまり、二人はわかりあっている(s’accorder)というは「私」だけの考えであることが、地獄の夫の言葉から明らかになる。

だからこそ、「あんたのことはわかっている( je te comprends)」という言葉が軽い(frivole)ものであることは、愚かな乙女も十分にわかっていることなのだ。


« Ah ! je n’ai jamais été jalouse de lui. Il ne me quittera pas, je crois. Que devenir ? Il n’a pas une connaissance ; il ne travaillera jamais. Il veut vivre somnambule. Seules, sa bonté et sa charité lui donneraient-elles droit dans le monde réel ? Par instants, j’oublie la pitié où je suis tombée : lui me rendra forte, nous voyagerons, nous chasserons dans les déserts, nous dormirons sur les pavés des villes inconnues, sans soins, sans peines. Ou je me réveillerai, et les lois et les mœurs auront changé, ― grâce à son pouvoir magique, ― le monde, en restant le même, me laissera à mes désirs, joies, nonchalances.

ああ! 今まで決してあの人のことを嫉妬することはありませんでした。私を捨てることはないと思います。どうなるのでしょう? あの人には一人の知り合いもいません。夢遊病者みたいに行きたいと思っているのです。あの人の善良さと慈悲の心だけがあれば、この現実世界での権利があの人に与えられるのでしょうか? 時々私は自分が落ち込んでいた苦しい気持ちを忘れてしまいます。あの人は私を強くしてくれるでしょう。私たちは旅をするでしょう。砂漠で狩りをするでしょう。見知らぬ街の舗道の上で眠るでしょう。心配事も苦痛もなしにです。あるいは、私は一人で目を覚ますでしょう。その時には法律も風習もすでに変わっているでしょう、ーー 彼の魔法の力のおかげで、ーー 世界は今までと同じでありながら、私が自分の欲望に身を任せるままにしてくれるでしょう、喜んだり、何もしないでブラブラしていたり。

愚かな乙女は、夫の言葉を伝えた後、今度は彼女自身の考える未来像を語り出す。
その予測は、二つにわかれる。
(1)二人は離れることなく、一緒に旅をする。
(2)一人で目を覚ます。

それらの空想を通して、愚かな乙女が夫に対して抱くイメージが明らかになる。
夢遊病者(somnambule)のように生きたいと思っている。
善良さ(bonté)と慈悲の心(charité)を持っているかもしれない。
魔法の力(pouvoir magique)がある。

その夫のおかげで、彼女は自分が落ち込んだ苦しみ(la pitité où je suis tombée)を忘れる(j’oublie)かもしれないし、強く(forte)なれるかもしれない。
あるいは、欲望(désires)のままに、楽しく(joies)、気楽に(nonchalances)生きられるかもしれない。

単純未来形の動詞で語られていることは、こうしたことが、愚かな乙女の予想であることを示している。

ところが、そうした空想を告白=懺悔しているうちに、ふと自分の思いの中に閉じこもり、語り掛ける相手が神であることを忘れてしまう。以下の一節がそのことを教えてくれる。

Oh ! la vie d’aventures qui existe dans les livres des enfants, pour me récompenser, j’ai tant souffert, me la donneras-tu ? Il ne peut pas. J’ignore son idéal. Il m’a dit avoir des regrets, des espoirs : cela ne doit pas me regarder. Parle-t-il à Dieu ? Peut-être devrais-je m’adresser à Dieu. Je suis au plus profond de l’abîme, et je ne sais plus prier.

おお! 子供の本の中にあるみたいな冒険の生活を、私への償いとして、だって私こんなに苦しんだんだもの、あんたはいつか私に与えてくれるの? あの人にそんなことできない。私はあの人の理想が何か知らない。後悔していることや望んでいることがあると言ってた。でもそんなこと、私とは関係ないはず。あの人、神様に話してるかしら? たぶん私が神様に話しかけるべきなのよ。私は深淵の一番底にいて、もうお祈りすることもできない。

冒険の生活(la vie d’aventures)を私に与えてくれるのかと問いかける相手は、tu。そのtuはそこにいるわけではなく、「私」の思いの中に浮かんでくる夫である。

神に語り掛けるべき(je devrais m’adresser à Dieu)なのに、祈ることができない(je ne sais plus prier)と言う言葉も、「私」が我を忘れ、自分の思いの中で自問していることを示している。
なぜなら、愚かな乙女が打ち明け話をしている相手は、この告白の最初にはっきりと示されていたからである。
「おお 天国の夫、私の主よ、あなたの召使いの中でも最も悲しい女の告白を拒絶しないで下さい。(Ô divin Époux, mon Seigneur, ne refusez pas la confession de la plus triste de vos servantes.)」

誰かと話しながら、夢中になっているうちに自分の世界に入り込んでしまい、相手のことをふと忘れてしまう。そうしたことは誰にでもある。話が脱線したり、横に逸れたり、いつの間にか違う話に変わってしまったり、と。
「おお!」から始まるこの一節で、ランボーは、tuという言葉を効果的に使い、そうした人間的な思考の動きを浮き彫りにし、愚かな乙女の人間性を見事に描き出している。

ランボーから見たヴェルレーヌはそんな道連れ(un compagnon)だったのかもしれない。


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