中原中也 冬の長門峡 法悦的境地の景色

1936(昭和11)年11月10日、中原中也は最愛の息子文也を亡くし、深い深い悲しみの中で詩を綴り続けた。

死の直後には、「月の光」のように、癒しがたい悲しみをヴェルレーヌの詩句に似せた音楽的な詩句で歌うこともあった。(参照:中原中也 月の光 癒しがたい悲しみを生きる
翌年になると、苦悩を直接的に吐露し、1937(昭和12)年3月末に書かれたと推定される「春日狂想」では、「愛するものが死んだ時には、/自殺しなけあなりません。//愛するものが死んだ時には、/それより他に、方法がない。」などと公言することもあった。

「冬の長門峡」は、それらの日付に挟まれた1936年12月12日頃に書かれたと推測されている。
その時期、中也は「愛するものが死んだ時」の苦しみに苛まれていたが、しかし、故郷である山口県を流れる阿武川上流の美しい峡谷、長門峡(ちょうもんきょう)を背景にしたこの詩は、穏やかで静かな悲しみが世界を包み込み、大変に美しい。

冬の長門峡

長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。

われは料亭にありぬ。
酒酌(く)みてありぬ。

われのほか別に、
客とてもなかりけり。

水は、恰(あたか)も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

やがても密柑(みかん)の如き夕陽、
欄干にこぼれたり。

ああ! ――そのような時もありき、
寒い寒い 日なりき。

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エリュアール 自由 Paul Éluard Liberté 愛するものへの連祷(Litanie)

ポール・エリュアール(Paul Éluard)の「自由(La Liberté)」は、第二次世界大戦でフランスがナチス・ドイツに占領されていた時、祖国の解放を訴えかけた詩として知られている。
しかし、それと同時に、詩人が妻のヌーシュに捧げた恋愛詩でもある。

21ある詩節は全て4行からなり、21番目の詩節以外、詩節の4行目は« J’écris ton nom (ぼくは書く 君の名前を)»で終わる。
その前の3行はほぼ« sur(上に) »で始まり、名前を書く場所が様々に指定される。

愛する人の名前を至るところに書きたくなることは、誰にでもあることだろう。
そうした単純でわかりやすい構造は、ポール・エリュアールの詩の特徴だと言われる。

その一方で、詩には句読点がいっさい使われていない。そのことで読み方の自由さは増すが、解釈の曖昧さを生み出すことにもなる。
また、« sur »で示される場所に関して、身近な場所や自然であることもあれば、非常に抽象的であったり、現実と対応しない言葉であることもある。その結果、現実的なものと現実的とはいえないものが混在し、全体としては一つの「超現実(surréalité)」を形作るともいえる。
その視点からは、一見単純で明快に見える「自由」も、シュルレアリスム(超現実主義)の詩に属すると考えることができる。

Liberté

Sur mes cahiers d’écolier
Sur mon pupitre et les arbres
Sur le sable sur la neige
J’écris ton nom

自由

ぼくの学校時代のノートの上に
ぼくの机と木々の上に
砂の上に 雪の上に
ぼくは書く 君の名前を

ジェラール・フィリップの素晴らしい朗読を聞くと、この詩をフランス語で読む喜びを実感できる。約3分の間、美しい朗読に耳を傾けてみよう。

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エリュアール ゲルニカの勝利 Paul Éluard La Victoire de Guernica 

ポール・エリュアールは、アンドレ・ブルトンの主導するシュルレアリスム運動に参加した詩人。
ピカソなど他分野の芸術家とも親しく、1937年のパリ万国博覧会でピカソが「ゲルニカ」を展示した際には、エリュアールの「ゲルニカの勝利(La Victoire de Guernica)」も同時に掲げられた。

絵画と詩の題材は、1937年4月26日にドイツの爆撃機がスペイン北部の都市ゲルニカに対して行った爆撃であり、ピカソやエリュアールは、一般の市民たちが蒙った戦争の惨禍に衝撃を受け、抗議の声を上げたのだった。

「ゲルニカの勝利」の特色の一つは句読点がないこと。そのために、言葉と言葉の関係が自由になり、多様な解釈の仕方が可能になる。しかし他方では、その自由さが理解の難しさを生むことにもなる。

詩全体は14の詩節で構成される。その中で、第1詩節から第4詩節までは、ゲルニカの町と住民たち、そしてそこに死が襲ってきたことが歌われる。

ちなみに、第1詩節と第2詩節には、手書き原稿に残された版と1938年に出版された詩集『自然の流れ(Cours naturel)』に掲載された版で、語句の変化が二箇所ある。De la nuit / de la mine(1) au fond / au froid(2)
ここでは出版された版を本文とし、もう一方をカッコの中に入れて記載することにする。

La victoire de Guernica

I
Beau monde des masures
De la nuit (mine) et des champs

II
Visages bons au feu visages bons au fond (froid)
Aux refus à la nuit aux injures aux coups

III
Visages bons à tout
Voici le vide qui vous fixe
Votre mort va servir d’exemple

IV
La mort cœur renversé

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アンドレ・ブルトン シュルレアリスム宣言  André Breton Manifeste du surréalisme

シュルレアリスム(surréalisme)という言葉は、sur(上)とréalisme(現実主義)から成り、現実を超えたもの、つまり「超現実」を指し示す。
日本では、ダリ、エルンスト、マグリットなどの絵画を通して馴染み深いかもしれない。

20世紀前半最大の芸術思潮といえるシュルレアリスムを主導したのがアンドレ・ブルトン(André Breton)であり、1924年に発表された『シュルレアリスム宣言(Manifeste du surréalisme)』がその運動の開始を告げた。

1896年にノルマンディー地方に生まれたアンドレ・ブルトンは、大学で医学と心理学を学ぶと同時に、ボードレール、マラルメ、ランボーの詩に親しみ、ポール・ヴァレリーと知り合うなどした。
第1次大戦が始まると、最初は歩兵隊に動員され、次にナントの精神病院に配属になり、戦争の惨禍のために精神を病んだ患者たちの治療にあった。そこで、ジグムント・フロイトの精神分析学を学び、狂気の中に創造の可能性を見るようになる。
そうした経験が、『シュルレアリスム宣言』の精神的な基盤を形作った。

その宣言の中から、フロイトの精神分析的思考をブルトンがどのように応用したのかという部分と、シュルレアリスムの用語に関する部分を読んでいこう。

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ポール・ヴァレリー 若きパルク Paul Valéry « La Jeune Parque » 4~37行 私を咬む蛇

「Qui pleure là ?」(誰が泣いているの?)で始まる「若きパルク(La Jeune Parque)」は、冒頭の3行の詩句がオペラの前奏曲のような役割を果たし、自己が自己に問いかける自己意識のドラマの開始を告げる。
(参照:ポール・ヴァレリー 若きパルク 冒頭の3行 音楽と思想

その後、ヴァレリー自身の言葉によれば、連続する心理的な変転の数々(une suite de substitutions psychologiques)を通して、一つの意識が一晩の間に辿る変化(le changement d’une conscience pendant la durée d’une nuit.)を、512行の詩句によって描き出していく。

そうした中で、第4行目から第37行目までの断片は、オペラで言えば、第1場第1楽章ともいえる場面。
最初に話題になるのは、涙。
涙をぬぐおうとする手の動きや心の内が明かされる。(第4行~第8行)

Cette main, sur mes traits qu’elle rêve effleurer,
Distraitement docile à quelque fin profonde,
Attend de ma faiblesse une larme qui fonde,
Et que de mes destins lentement divisé,
Le plus pur en silence éclaire un cœur brisé.

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ポール・ヴァレリー 若きパルク Paul Valéry « La Jeune Parque » 冒頭の3行 音楽と思想

ポール・ヴァレリー(Paul Valéry)の「若きパルク(La jeune Parque)」は、512行に及ぶ長い詩。執筆期間は4年に渡り、その間に書かれた下書きは600ページにのぼるという。
内容的にもかなり理解が難しく、全てを読み通すためにはかなりの労力と根気と忍耐を要する。

その一方で、この詩が発表された当時から音楽性が高く評価され、ヴァレリー自身、18世紀の作曲家グルックやワグナーのオペラを念頭に置いていたことが知られている。
実際、「知性」のメカニスムとか「自己意識」のドラマといった哲学的な思索が、フランス語の詩句の奏でる美しい調べに乗せて運ばれている。

ここで冒頭の3行の詩句を取り上げるにあたり、まず最初に、詩句の音楽性を感じてみよう。

La jeune Parque

Qui pleure là, sinon le vent simple, à cette heure
Seule, avec diamants extrêmes ?.. Mais qui pleure,
Si proche de moi-même au moment de pleurer ?

若きパルク

誰がそこで泣いているの、ただの風でないのなら、こんな時間に、
1人で、極限のダイヤモンドと一緒に?・・・ でも、誰が泣いているの、
私自身のこんな近くで、泣いているこの時に?

以下のyoutubeビデオで、この3行の朗読を聴くと、フランス語の詩句の美を感じことができる。

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プルースト 『失われた時を求めて』 Proust  À la cherche du temps perdu 無意志的記憶と芸術創造

マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』は、最終巻である『見出された時』に至り、「無意志的記憶(mémoire involontaire)」のメカニスムが解明され、次に、その記憶と芸術作品の関係が明らかにされる。

「無意志的記憶」によって喚起される思い出は、過去の出来事というだけではなく、思い出す今の時間と二重化する。
それは、思い出と今を同時に「生きる(vivre)」ことであり、「事物の本質を享受する( jouir de l’essence des choses)」ことのできる瞬間だと、語り手の「私」は考える。
(参照:プルースト 見出された時 過去と現在の同時性

その後、「私」は、「事物の本質」を「固定する(fixer)」するためにはどのようにすればいいのかと、思考を巡らせる。

De sorte que ce que l’être par trois et quatre fois ressuscité en moi venait de goûter, c’était peut-être bien des fragments d’existence soustraits au temps, mais cette contemplation, quoique d’éternité, était fugitive. Et pourtant je sentais que le plaisir qu’elle m’avait donné à de rares intervalles dans ma vie était le seul qui fût fécond et véritable. ( Le Temps retrouvé )

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ランボー イリュミナシオン 文  Rimbaud Illuminations Phrases 

プルーストの『失われた時を求めて』を読んでいると、巨大な建造物でありながら、内部は超精密に構成された文に感嘆する。だが、その一方で、常に息を詰め、集中力を保っていかなければ迷子になてしまいそうで、息苦しくなってくることもある。

そんな時、ふと、ランボーの『イリュミナシオン』の「文(Phrases)」と題されたいくつかの断片に目をやると、突然の解放感に捉えられる。

 Avivant un agréable goût d’encre de Chine, une poudre noire pleut doucement sur ma veillée. — Je baisse les feux du lustre, je me jette sur le lit, et, tourné du côté de l’ombre, je vous vois, mes filles ! mes reines !  

 墨の心地よい味わいを生き生きとさせながら、黒い粉がシトシトと振りかかかる、僕の眠れぬ夜の上に。— ぼくはランプの炎を小さくする。ぼくはベッドの上に身を投げる。そして、闇の方に体を向けると、お前たちが見えてくる、ぼくの少女たちよ! ぼくの女王たちよ!

なかなか寝付けない夜(veillée)、部屋の闇がランプの煤でますます黒くなる。明かりをさらに小さくすると、暗闇はさらに深くなる。

この文を読むと、2022年10月26日に亡くなったピエール・スーラージュ(Pierre Soulages)の黒の絵画が思い出される。

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ネルヴァル 夢は第二の生である Nerval Le Rêve est une seconde vie

ジェラール・ド・ネルヴァルの『オーレリア』は、「夢は第二の生である(Le Rêve est une seconde vie)」という有名な言葉で始まる。
そして、次のように続く。

Je n’ai pu percer sans frémir ces portes d’ivoire ou de corne qui nous séparent du monde invisible.

私は、震えることなしに、私たちと目に見えない世界を隔てる象牙あるいは角でできた門を通ることが出来なかった。

ここで示されるのは、現実世界と目に見えない世界=夢の世界の間には扉があり、2つの世界は隔てられているという認識。
私たちの現実感覚に則しても、夢は目が覚めれば消え去る幻であり、現実とは異質のものだ。

しかし、ネルヴァルは、最初に「夢は(第二の)生」であると言った。たとえ扉を通る時に身震いするとしても、そしてその世界が物理的な視覚によっては捉えられないとしても、夢が「生(vie)」であることにかわりはないと考えたのだ。
別の言い方をすれば、夢も私たちが生きる現実の一部であり、その分割は事後的になされる。

こうしたネルヴァルの夢に対する提示は、思いのほか大きな射程を持ち、私たちの常識を問い直すきっかけを与えてくれる。

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プルースト 見出された時 Proust  Le Temps retrouvé  過去と現在の同時性 

『失われた時を求めて』の最終巻『見出された時』の後半、語り手である「私」は、パリに戻り、ゲルマント大公夫人のパーティーに出席する。
そして、ゲルマント家の中庭を歩いている時、ふぞろいな敷石につまずく。その瞬間、かつてヴェニスで寺院の洗礼堂のタイルにつまづいた記憶が蘇り、さらには、マドレーヌによって引き起こされた幸福感が呼び覚まされる。

その思い出の連鎖に基づきながら、『失われた時を求めて』全体を貫く「無意志的記憶」についての考察がなされ、「思い出す現在」と「思い出される過去」の「類推(analogie)」が生み出す「軌跡(miracle)」が見出されることになる。

(…) ; mais entre le souvenir qui nous revient brusquement et notre état actuel, de même qu’entre deux souvenirs d’années, de lieux, d’heures différentes, la distance est telle que cela suffirait, en dehors même d’une originalité spécifique, à les rendre incomparables les uns aux autres. Oui, si le souvenir, grâce à l’oubli, n’a pu contracter aucun lien, jeter aucun chaînon entre lui et la minute présente, s’il est resté à sa place, à sa date, s’il a gardé ses distances, son isolement dans le creux d’une vallée ou à la pointe d’un sommet ;

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