ボードレール 想像力の美学 1859年のサロン Baudelaire Salon de 1859 De l’imagination

ボードレールの「1859年のサロン」は、想像力を中心に据えた絵画論。
その中で、「1846年のサロン」で提示した絵画論(自然を素材として、画家の内部の超自然(surnaturel)なイメージに基づいた創造物を制作する)という、最も基本的な概念を変更することはない。

しかし、今回は、「想像力(imagination)」を人間の「諸能力の女王(la reine des facultés)」と定義し、想像力との関係から、描かれる対象、画家、画法、作品の関係を考察する。
そして、創造の目的が、最終的に、新しい世界(un monde nouveau)、新しさの感覚(sensation du neuf)を生み出すことであるとする。

1846年の芸術論は、ロマン主義とは何かとい問いかけに対するボードレールなりの回答であった。それに対して、1859年の芸術論は、現代性(モデルニテ)と呼ばれる新しい芸術観の出発点となっている。

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ネルヴァル 『オーレリア』 Gérard de Nerval Aurélia コレスポンダンスと詩的散文

ジェラール・ド・ネルヴァルは、何度か精神の病に襲われ、最後は自ら死を選んだ。そのために、現在でも狂気と幻想の作家と呼ばれることがある。そして、そうしたレッテルがあるために、彼の作品は特定の色眼鏡を通して読まれ、理解が妨げられる傾向にある。

ネルヴァルは、若い時代から韻文詩を書いていた。その中で、詩法の規則に従い、音節数や韻を踏んでさえいれば、それだけで詩といえるのかどうか問いかけるようになった。その結果、散文でも詩情(ポエジー)を生み出すことができるのではないかと考えた。

彼が目指したのは、後にボードレールがするように、ジャンルとしての「散文詩」を作ることではなかった。散文というジャンルの中で、詩的散文(écriture poétique)により、詩情(ポエジー)を生み出すことだった。

このことは、ネルヴァルが何度か精神病院に収容され、最晩年の1855年に発表された『オーレリア』の中では、いかにも自伝のように見える作品の中で、狂気の体験について語っていることもあり、なかなか理解されてこなかった。
しかし、特定の偏見なしに彼の文章を読むと、ネルヴァル的散文の美を感じ取ることができるようになる。

ここでは、『オーレリア』の第2部6章の中で語られる、「私(je)」が精神病院で日々を過ごしている時の一節を読み、ネルヴァルが何を表現しようとしたのか見ていこう。

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ボードレール 夕べの黄昏 (散文詩 1862年) Baudelaire Le Crépuscule du soir (en prose, 1862) 散文詩について

「夕べの黄昏(Le Crépuscule du soir)」は、シャルル・ボードレールが最初に公けにした散文詩。
1855年、『フォンテーヌブロー』という選文集の中で、韻文詩「二つの薄明(Deux crépuscules)」の後ろに置かれ、4つの詩節からなる散文だった。
https://bohemegalante.com/2020/08/31/baudelaire-crepuscule-du-soir-en-prose-1855/

その後、詩人は別の機会を見つけ、何点かの散文詩を発表し、1862年になると、『ラ・プレス(La Presse)』という新聞に、26点の作品を4回に分けて掲載しようとした。
その際、3回目までで20作品が公けにされたが、連載4回目の掲載はなかった。しかし、ゲラ刷りが残っていて、その中に「夕べの黄昏」も含まれている。
しかも、そのゲラ刷りにある詩は、1855年の版とはかなり異なっている。全く違うと言っていいほど、違いは大きい。

『ラ・プレス』の連載の最初の回では、文学部門の編集責任者だったアルセーヌ・ウセーに向けられた献辞の手紙が置かれ、ボードレールが「散文詩というジャンル」を確立しようとする意図が語られている。

アルセーヌ・ウセー宛の手紙と、「夕べの黄昏」の2つの版を検討することで、1862年の時点でボードレールの考える散文詩がどのようなものなのか、探ってみよう。

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ボードレール 夕べの黄昏 (散文詩 1855年) Baudelaire Le Crépuscule du soir (en prose, 1855) 自然と都市

シャルル・ボードレールは、「夕べの黄昏(Le Crépuscule du soir)」と題される詩作品を二つ書いている。
最初は韻文。発表されたのは1852年。
ただし、その際には、「二つの薄明(Les Deux Crépuscules)」という題名で、昼の部分と夜の部分が連続していた。

1855年になると、韻文詩から出発し、散文詩も執筆する。それは、ボードレールが最初に公にした散文詩だった。

発表されたのは、フォンテーヌブローの森を多くの人の散策の地とするのに貢献したクロード・フランソワ・ドゥヌクール(Claude-François Denecourt)に捧げられ、数多くの文学者たちが参加した作品集『フォンテーヌブロー(Fontainebleau)』(1855)の中。
最初に「二つの薄明」という題名が掲げられ、「夕べ(Le Soir)」と「朝(Le Matin)」と題された韻文詩が置かれる。その後、散文の「夕べの黄昏(Le Crépuscule du soir)」と「孤独(La Solitude)」が続く。

Théodore Rousseau, Sortie de forêt à Fontainebleau, soleil couchant

『フォンテーヌブロー』を読んでみると、不思議なことに気が付く。
ドゥヌクールの貢献を讃えるため、自然の美を歌う作品が集められている中で、ボードレールだけが都市をテーマにしている。フォンテーヌブローとは何の関係もない。

その理由を探っていくと、彼が韻文詩と同時に散文でも詩を書き始めた理由が分かってくるかもしれない。

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ボードレール 夕べの黄昏 (韻文詩) Baudelaire Le Crépuscule du soir 闇のパリを詩で描く

シャルル・ボードレールは、自分たちの生きる時代のパリの生活情景を詩の主題として取り上げ、美を生み出そうとした。
こうした姿勢は、『1846年のサロン』の最終章「現代生活の英雄性(Le Héroïsme de la vie moderne)」の中で、同時代の絵画の美を提示する際に示されたものだった。

ボードレールの詩の対象となるパリの情景は、人々の日常生活、その中でも、一般には悪であり、醜いと見なされるもの。
韻文詩集の『悪の花(Fleurs du mal)』という題名が、そのことを明確に現している。

19世紀半ばのバリの様子は、幸いなことに、マルセル・カルネ監督の映画「天井桟敷の人々(Enfants du paradis)」で見ることができる。(脚本は、詩人のジャック・プレベール。)

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ボードレール 現代生活の英雄性 1846年のサロン 永遠の美から時代の美へ

『1846年のサロン』の最終章「現代生活の英雄性(L’Héroïsme de la vie moderne)」で、ボードレールは、彼の考える美を定義した。

伝統的な美学では、美とは唯一で絶対的な理想と考えられてきた。例えば、ヴェルヴェデーレのアポロン、ミロのビーナス。

理想の美は、いつの時代に、どの場所で、誰が見ようと、常に美しいと見なされた。

それに対して、19世紀前半のロマ主義の時代になり、スタンダールやヴィクトル・ユゴーが、それぞれの時代には、その時代に相応しい美があると主張した。
ボードレールも、美は相対的なものであるという考え方に基づき、自分たちの生きる時代の美とは何か、彼なりの結論を出す。
その例として挙げるのは、ポール・ガヴァルニやウージェーヌ・ラミ。

ボードレールは、こうした美のあり方を、「現代生活の英雄性」と名付けた。

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ボードレール 肖像画について 1846年のサロン — 歴史と小説

ボードレールは『1846年のサロン』の中で、肖像画(portrait)を理解するには、二つの様式があるという。一つは歴史、もう一つは小説。
Il y a deux manières de comprendre le portrait, — l’histoire et le roman.

歴史的理解の代表は、例えば、ダヴィッドの「マラーの死」。
小説的理解の代表は、トーマス・ローレンスの「ランプトン少年像」。ルーベンスの「麦わら帽子」も、後者に含まれるかもしれない

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ボードレール 理想とモデル 1846年のサロン

Dominique Ingres, L’Odalisque à l’esclave

ボードレールの絵画論では、現実の対象を見ずに、空想だけで描いたり、過去の傑作をベースにして新しい絵画を描くことは否定された。
絵画は、あくまでも現実のモデルがあり、そこから出発しなければならない。

しかし、モデルをそのまま忠実に再現するのでは、絵画はモデルのコピーでしかないことになる。

『1846年のサロン』の「理想とモデルについて」と題された章で、ボードレールは、線やデッサンを中心にした絵画に焦点を当てながら、モデルとなる対象と、描かれた理想象について考察する。

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ボードレール ドラクロワ 絵画論 1846年のサロン

「1846年のサロン」の中で、ボードレールはドラクロワについて論じながら、彼自身の絵画論の全体像を提示した。

その絵画論は、ドラクロワの絵画を理解するために有益であるだけではなく、ボードレールの詩を理解する上でも重要な指針が含まれている。

1)芸術についての考え方:インスピレーションか技術か
2)作品の構想と実現:自然(対象)との関係
3)作品の効果

ボードレールは、ドラクロワの絵画に基づきながら、以上の3点について論じていく。

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ボードレール 「色について(De la couleur)」 1846年のサロン

シャルル・ボードールは、詩人としての活動だけではなく、絵画、文学、音楽に関する評論も数多く公にしている。
それらは詩とは無関係なものではなく、それ自体で価値があると同時に、全てを通してボードレールの芸術世界を形作っている。

『1846年のサロン』は、ボードレール初期の美術批評であるが、後に韻文詩や散文詩によって表現される詩的世界の最も根源的な世界観を表現している、非常に重要な芸術論である。
その中でも特に、「色について(De la couleur)」と題された章は、ボードレール的人工楽園の成り立ちの概要を、くっきりと照らし出している。

しかも、冒頭の2つの段落は、詩を思わせる美しい散文によって綴られ、ボードレール的世界が、言葉によって絵画のように描かれ、音楽のように奏でられている。

まず最初に、ボードレールの色彩論を通して、どのような世界観が見えてくるのか、検討してみよう。

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