ジェラール・ド・ネルヴァル 「散歩と思い出」 散文のポエジー Gérard de Nerval Promenades et Souvenirs 2/8

「 モンマルトル」の章では、1850年からパリの再開発が始まり、パリ近郊のモンマルトルにも開発の波が押し寄せる様子がリアルに綴られていた。
その中で、ネルヴァルの視線は、一般的には貧しく不潔な地区とされたモンマルトルに美を見出し、画家たちが憧れたローマ近郊の風景と比較することで、後に来る印象派絵画に先立つものだったといえる。

続く「サン・ジェルマンの城」の章では、1837年に開通したパリとサン・ジェルマンを結ぶ鉄道を利用して、サン・ジェルマンで住まいを探すという口実の下、サン・ジェルマン城を巡る描写や歴史、個人的な思い出などを書き綴っていく。

最初の部分で、アニエール、シャトゥなどと地名が列挙されるが、そのリズムは列車の通過する速度を感じさせる。

ネルヴァルのジョークも披露される。
ビールの中のゴキブリのエピソードに込められたユーモアは、現代の私たちにもすぐに理解できる。
サン・ラザール通りの番地を130番というのは、通りが108番地までしかなかったことを知ると、とても面白い。パリから30分も郊外にある町に、パリの通りの番地を付けるというジョーク。

パリ近郊鉄道図(1859年)
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ジェラール・ド・ネルヴァル 「散歩と思い出」 散文のポエジー Gérard de Nerval Promenades et Souvenirs 1/8

「散歩と思い出」は、ジェラール・ド・ネルヴァル(1808-1855)が生前に残した最後の作品の一つであり、詩人でもあった作家の美学がもっとも端的に表現されている。

パリやモンマルトルは、1850年あたりから都市開発の波に洗われ、古い街並みが新しい姿へと変貌を遂げつつあった。
それまで目に見えていた過去の姿が徐々に消え去り、目に見えないものへと変わっていく。
そうした中で40歳を少し超えたネルヴァルは、ジャン・ジャック・ルソーの言葉を思い出し、人生の半ばを超え、現在の時間を生きながら、過去が甦ってくるように感じる始める。

そうした意識を持った時、ネルヴァルは、今を描くことが過去の探求にもつながり、過ぎ去った過去という目に見えないものを追い求めることでメランコリックな憧れを心の中に醸成するというシステムを、彼の美学の中心に据えた。

絵入りの雑誌「イリュストラシオン」に1852年に発表した「十月の夜」は、パリの場末やパリ郊外の町を通して、同時代の現実をリアルに描くという口実の下で、目に見えない「夜」を出現させる試みだった。
https://bohemegalante.com/tag/10月の夜/

同じ「イリュストラシオン」誌に掲載した「散歩と思い出」になると、過去の探索はネルヴァル自身の幼年時代にまで及び、「思い出」を核にしたポエジーの創造が目指されている。

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小林秀雄「モオツアルト」と中原中也の四編の詩

小林秀雄の評論の中でも最もよく知られている「モオツアルト」は、昭和21年12月30日に発行された『創元』の創刊号に掲載された。
この雑誌の編集者の一人は小林自身であり、その号には彼が選んだ中原中也の未発表の詩4編も収録されている。

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ベルナルダン・ド・サン・ピエール 自然の研究 Bernardin de Saint-Pierre Études de la nature メランコリーについて

ベルナルダン・ド・サン・ピエール(1737-1814)は青年時代を旅に費やし、軍人として、マルティニーク、マルタ島、ロシア、フィンランド、モーリシャス列島、など、様々な地域を訪れた。
1771年にフランスに戻ってからは、ジャン・ジャック・ルソーと親交を結び、自然や政治に関するルソーの思想を吸収。
1773年の『フランス島(モーリシャス列島)紀行』を始めとして、『自然の研究(Études de la nature)』(1784-1788)や、その第4巻に含まれる『ポールとヴィルジニー(Paul et Virginie)』(1788)等を出版し、作家としての評価を得た。

フランス革命の後、国立植物園の館長になり、アカデミー・フランセーズの一員として迎えられたりもする。しかし、彼の『自然の研究』は、科学的で客観的な自然の研究ではなく、自然の中で全ては調和が取れているという前提の下、自然と人間の感覚的感情的な交感や、神の存在などを問題にしている。

ここでは『自然の研究』第12巻に収められた「自然の精神的法則について」という章の一節を読み、自然が表現するメランコリー(憂鬱な気分)についての考察を見ていこう。

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ボーマルシェ セビリアの理髪師 Beaumarchais Le Barbier de Séville 誹謗・中傷の技術 Art de la calomnie

『セビリアの理髪師(Le Barbier de Séville)』は1775年に初演されたボーマルシェの戯曲。
後に、ロッシーニによって作曲され、喜劇の内容を持つオペラとして現在でも人気を博している。

若い男女(アルマヴィヴァ伯爵とロジーヌ)の恋愛をめぐり、二人を助ける召使い(フィガロ)、ロジーヌと結婚しようとする医師(バルトロ)、バルトロの味方をする音楽教師(バジール)たちが繰り広げる物語は、18世紀後半のフランス革命を前にした時代には、権力者に対する市民の知恵を表現したものと受け取られ、上演許可までに紆余曲折があったことが知られている。

今回はそうした時代的な考察を抜きにして、アルマヴィヴァ伯爵が町に来ていることを知った音楽教師バジールが、バルトロに向かって伯爵を厄介払いする策略を告げる場面を読んでいくことにする。

その策略とはcalomnie、つまり、相手を悪く言い、悪い噂を広めること。
これは、現代の社会において、SNSやTwitterなどの手段でばらまかれる悪意ある言葉がどのように力を振るうのかを考えることにつながる問題でもある。

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ペロー 巻き毛のリケ Perrault Riquet à la Houppe 変身を可能にするものは何か? 7/7

普通の昔話であれば、醜いリケが王女の愛によって美しい王子に変身し、物語は終わりを迎える。しかし、ペローは、変身に関してある解釈を付け加える。

 Quelques-uns assurent / que ce ne furent point les charmes de la fée / qui opérèrent, / mais / que l’amour seul / fit cette métamorphose. / Ils disent / que la princesse, / ayant fait réflexion / sur la persévérance de son amant, / sur sa discrétion / et sur toutes les bonnes qualités / de son âme et de son esprit, / ne vit plus la difformité de son corps / ni la laideur de son visage /  ; que sa bosse / ne lui sembla plus / que le bon air d’un homme / qui fait le gros dos, / et qu’au lieu que/ jusqu’alors / elle l’avait vu boiter effroyablement, / elle ne lui trouva plus / qu’un certain air penché / qui la charmait. / Ils disent encore / que ses yeux, / qui étaient louches, / ne lui en parurent / que plus brillants ; / que leur dérèglement passa / dans son esprit / pour la marque d’un violent excès d’amour, / et qu’enfin / son gros nez rouge eut / pour elle / quelque chose de martial / et d’héroïque.

 ある人々は、妖精の魔術が働いたからではなく、ただ愛だけがその変身を可能にしたのだと断言した。彼らの意見では、王女は、愛する人の忍耐強さ、慎重さ、魂やエスプリのあらゆる長所についてよく考えたおかげで、肉体の不格好さや顔の醜さがもはや目に入らなくなったのだった。背中のコブは、誇らしげな男性の品のよい様子にしか思えなかった。それまでひどく足をひいて見えていたが、今では、前屈みになっているようにしか見えず、彼女には魅力的だった。目に関しても、やぶにらみなのだが、輝いているようにしか見えなかった。どこか視線が定まらないころも、彼女の心の中では、激しすぎる愛の証と思われた。大きな赤い鼻も、彼女にとって、雄々しく英雄なものがあった。

「美女と野獣」でも、「かえるの王様」でも、醜い王子は最後に変身する。しかし、ここでは、「ある人々」の意見として、物理的に姿形が変化したわけではない、という解釈が提示される。
「巻き毛のリケ」の斬新さは、まさにこの点にある。

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ペロー 巻き毛のリケ Perrault Riquet à la Houppe 変身を可能にするものは何か? 6/7

エスプリを得た美しい王女は、リケとの結婚の約束をしたのは愚かな時だったので、賢くなった今、約束を実行するのは難しいし、エスプリの塊のようなリケならそれをわかるはずだという論理を展開する。
リケは、その論理を切り崩し、王女に結婚を承諾させないといけない。

では、彼の論理はどのようなものだろう?

— Si un homme sans esprit, / répondit Riquet à la Houppe, / serait bien reçu, / comme vous venez de le dire, / à vous reprocher votre manque de parole, / pourquoi voulez-vous, / Madame, / que je n’en use pas de même / dans une chose / où il y va de tout le bonheur de ma vie ? / Est-il raisonnable / que les personnes / qui ont de l’esprit / soient d’une pire condition / que celles qui n’en ont pas ? / Le pouvez-vous prétendre, / vous / qui en avez tant, / et qui avez tant souhaité / d’en avoir ? / Mais venons au fait, / s’il vous plaît. / A la réserve de ma laideur, / y a-t-il quelque chose / en moi / qui vous déplaise ? / Êtes-vous mal contente / de ma naissance, / de mon esprit, / de mon humeur / et de mes manières ?

「エスプリを持たない人間が」とリケは答えた。「貴女が今おっしゃったことによれば、約束を守らないと貴女を非難したとしても、よい扱いを受けるかもしれません。としたら、私の人生の幸福全体にかかわることに関して、私がエスプリを持たない人間と同じように振る舞わないことを、あなたはどのようにして望まれるのでしょう? エスプリを持っている人間のほうが、それを持たない人間よりも悪い状況にいるというのが、理性的なことでしょうか? 貴女がそんなことを主張できるでしょうか? 貴女は多くのエスプリを持ち、それを持ちたいとあれほど望んだのですから。でも、現実の問題に話を戻しましょう。私の醜さを除いて、貴女の気に入れないことが、私の中にあるのでしょうか? 私の生まれ、エスプリ、気質、振る舞いに、満足できないのでしょうか?」

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ペロー 巻き毛のリケ Perrault Riquet à la Houppe 変身を可能にするものは何か? 5/7

リケとの約束をすっかり忘れていた王女は、地底世界で結婚式が準備されていることを教えられる。その時、彼女はどのような反応をするのだろうか?

 La princesse, / encore plus surprise / qu’elle ne l’avait été, / et se ressouvenant / tout à coup / qu’il y avait un an / qu’à pareil jour / elle avait promis / d’épouser le prince Riquet à la Houppe, / pensa tomber de son haut. / Ce qui faisait / qu’elle ne s’en souvenait pas, / c’est que, / quand elle fit cette promesse, / elle était une bête, / et qu’en prenant le nouvel esprit / que le prince lui avait donné, / elle avait oublié toutes ses sottises.

 王女は、以前びっくりした以上に驚き、一年前の今日、巻き毛のリケと結婚する約束をしたことを突然思い出して、ひっくり返りそうになった。約束したことを覚えていなかったとしたら、それは、約束をした時、彼女は愚かで、王子が彼女に新しいエスプリを与えた後、それ以前の全ての愚かな行いを忘れてしたったからだった。

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ペロー 巻き毛のリケ Perrault Riquet à la Houppe 変身を可能にするものは何か? 4/7

リケからのプロポーズを受け入れることで、王女はエスプリを手に入れ、彼女の会話も洗練されたものとなった。その変化は、宮廷に戻った時、人々をひどく驚かせる。

 Quand elle fut retournée au palais, / toute la cour ne savait / que penser d’un changement / si subit et si extraordinaire : / car, / autant qu’on lui avait ouï dire / d’impertinences / auparavant, / autant lui entendait-on dire / des choses bien sensées / et infiniment spirituelles. / Toute la cour en eut une joie /qui ne se peut imaginer ; il n’y eut que sa cadette / qui n’en fut pas bien aise, / parce que, / n’ayant plus / sur son aînée / l’avantage de l’esprit, / elle ne paraissait plus / auprès d’elle / qu’une Guenon / fort désagréable.

彼女が宮殿に戻ると、宮廷全体が、これほど突然で、これほど驚くべき変化を、どのように考えていいのかわからなかった。なぜなら、人々はこれまで彼女が愚かなことを言うのを数多く聞いてきたのだが、今度はそれと同じ位、とても理に適い、限りなく才知に富んだことを言うのを聞くようになったからだった。そのために、宮廷全体は想像できないほど大喜びした。妹だけがそれを嬉しく思わなかった。というのも、これからは姉に対してエスプリがあるという優位を持たないので、姉のそばにいると、もはや非常に感じの悪い猿にしか見えなかったからだ。

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ペロー 巻き毛のリケ Perrault Riquet à la Houppe 変身を可能にするものは何か? 3/7

リケが姉に逢い、最初に口にしたのは彼女の美しさ。としたら、次に話題にするのは、彼女の2つ目の特色、つまり愚かさということになる。

では、愚かさについて話ながら、彼女に気に入られるためにはどうしたらいいのだろう?

« La beauté, / reprit Riquet à la Houppe, /est un si grand avantage / qu’il doit tenir lieu de tout le reste, / et, quand on le possède, /  je ne vois pas / qu’il y ait rien / qui puisse nous affliger beaucoup.
— J’aimerais mieux, / dit la princesse, / être aussi laide que vous, / et avoir de l’esprit, / que d’avoir de la beauté / comme j’en aies, / et être bête / autant que je le suis.
— Il n’y a rien, / Madame, / qui marque davantage / qu’on a de l’esprit / que de croire n’en pas avoir, / et il est de la nature de ce bien-là / que, / plus on en a, / plus on croit en manquer.
— Je ne sais pas cela, / dit la princesse ; / mais je sais bien / que je suis fort bête, / et c’est de là / que vient le chagrin / qui me tue.

「美しさは」と巻き毛のリケが言った。「大変に大きなアドヴァンテイジなので、他の全てのものの代わりになるに違いありません。人がそのメリットを持っている時には、私たちをひどく苦しめるほんの僅かなことも、あるとは思えません。」
「私にとって好ましいのは」と王女は言った。「あなたと同じように醜くてもいいので、エスプリを持つことです。私が持っているような美しさを持ち、今の私がそうであるように愚かであるよりも、です。」
「人がエスプリを持っていることをしるすものとして、自分がエスプリを持っていないと思うことほど確かなことは何もありません。エスプリを持っていればいるほど、それが欠けていると思うことこそ、エスプリという良きものの性質なのです。」
「私にはそんなことはわかりません。」と王女は言った。「とにかく、自分がひどく愚かだということはわかっています。そのために、ひどく悲しく、死んでしまいたいほどなのです。」

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