古典主義絵画の美意識 2/2 ロレーヌ公国出身の画家 ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール、クロード・ロラン

ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール(1593-1652)とクロード・ロラン、本名クロード・ジュレ(1600あるいは1604-5-1682)は、ほぼ同じ時期に、ロレーヌ公国の小さな村で生まれた。
ラ・トゥールのヴィック・シュル・セーユも、クロードのシャマーニュも、ナンシーから車で30−40分の場所に位置している。

二人とも比較的貧しい環境で育ったが、画家として、一人は故郷に留まり、もう一人はイタリアで大半の時を過ごした。

彼らの絵画は光の効果によって特徴付けられるという共通点を持っているのだが、表現法は全く違っている。
「大工の聖ヨセフ」と「夕日の港」を並べてみると、その差は歴然としている。一方には強烈な明暗のコントラストがあり、他方には拡散する光がある。

ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥールの美は深い精神性を、クロード・ロランの美は穏やかな抒情性を、見る者に届けてくれる。

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古典主義絵画の美意識 1/2 アカデミー系の画家たち プッサン ル・ブラン 等

ヨーロッパ芸術は、16世紀後半から18世紀半ばまで、バロック様式が主流となった。それ以前のルネサンス様式の特色が均整と調和だとすると、バロックは情動性と運動性によって特色付けられる。
フランス古典主義は、バロックの時代にあって、ルネサンス様式への回帰を模索し、理性によって情念を制御することで、秩序ある空間表現を美の基準とした。

ルネサンス→バロック→古典主義の流れを視覚的に把握するために、3つの時代の代表的な作品を比べてみよう。

ルネサンス→バロック→古典主義

古典主義絵画を代表するニコラ・プッサン、フィリップ・ド・シャンパーニュ、シャルル・ル・ブランの作品。
1631年、1652年、1689年の作だが、どれも、秩序ある画面構成が行われ、ある情景の最高の一瞬を永遠に留めているという印象を与える。

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江戸時代後期の絵画 北斎 広重 酒井抱一 装飾性と写実性 

18世紀後半になると、近代ヨーロッパの絵画の基礎となる遠近法や明暗法が導入され、伝統的に装飾的で造形的だった日本の絵画にも、写実性が付け加えられるようになった。

そうした融合は決して、京都や大阪の伝統的な絵画だけではなく、江戸の浮世絵でも行われた。円山応挙(1733-1795)の「保津川図」と鳥居清長の「三囲の夕立」を見ると、両者ともに、造形性をベースにしながら、リアリティを感じさせる表現がなされていることがわかる。

円山応挙、保津川図
鳥居清長 三囲の夕立

どちらの作品にしても、現実の場面を再現したものではなく、画家が組み立てた構図に基づき、デザイン性が高い。その一方で、保津川の土地の起伏や木々、勢いよく流れる川の動きや、女たちを襲った夕立の風や雨の感覚が、リアルに表現されている。

18世紀の後半に生まれ、19世紀前半に活躍した画家たち — 葛飾北斎(1760-1849)、酒井抱一(1761-1828)、歌川広重(1797-1858)等 — は、「装飾性」と「写実性」という二重の要請を満たしながら、各自の気質に応じた表現を模索していった。

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ロココ絵画の楽しみ ルイ15世とポンパドゥール夫人の時代の美意識

フランスの美といえば、日本では一般的に、ロココ的な美を思い浮かべるのではないだろうか。
繊細で、色鮮やか。心を浮き立たせる自由さと軽快さがあり、上品で、洗練されている。
そうした美意識は、建築、彫刻、絵画といった芸術品だけではなく、室内装飾、家具や食器等の工芸品にまで及んでいる。

ヴェルサイユ宮殿の女王の間、プティ・トリアノン宮の内部、パリ北方に位置するシャンティ城の王子の部屋などを見ると、ロココ的美がどのようなものか、一目で感じ取ることが出来る。

絵画で言えば、主流となるのは、ヴァトー、ブーシェ、フラゴナール。
三人の画家の絵画にはどれも穏やかな官能性が感じられるが、猥雑さの欠片もなく、現実を離れ甘美な夢の世界へと繋がる幸福感に溢れている。

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カルナヴァレ美術館の再開 2021年5月29日

5年前から改修中だったカルナヴァレ美術館が、2021年5月29日に再開する。

パリの歴史を紹介した美術館で、建物は、ジャック・デ・リニュリ(パリ市議会議長、)の邸宅として1548年に建造された。17世紀半ば、建築家フランソワ・マンサールによって改装。
書簡集で有名なセヴィニエ夫人が住んでいたことでも知られている。

今回の改装では、『失われた時を求めて』の作者マルセル・プルーストの部屋が再現されたという。パリに行ったら、ぜひ訪れたい美術館の一つであり続けている。

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カンディンスキーのヴァーチャル展覧会

現在はコロナのために閉館しているパリのポンピドゥー・センターが企画して、ネット上でカンディンスキーの展覧会が開催されているそうです。
https://artsandculture.google.com/project/kandinsky

アンブル・シャルモーの紹介は、カンディンスキーの絵画が共感覚(synesthésie)と関係しているという側面を指摘、ボードレールやランボーとの共通性にも言及し、とても興味深いものです。

Même s’il est fermé, le Centre Pompidou continue à permettre l’accès à de grandes expositions grâce à la magie d’internet. En ce moment, le musée propose une gigantesque rétrospective de l’artiste Kandinsky à travers 3000 de ses œuvres.

江戸時代中期(18世紀後半)における日本の絵画 写実性の移入

沈南蘋 雪梅群兎図

18世紀前半、幕府の政策の修正があり、キリスト教を除く外国の文物が解禁されるようになる。
1720年、徳川吉宗は、主に科学技術の導入を目的として、オランダからの本の輸入を解禁した。その政策が蘭学の基礎となり、科学的、実証主義的な思考が日本に芽生え始める。
1731年になると、沈南蘋(しん なんびん)が来日。長崎に2年間留まり、写実的な花鳥画を日本に伝え、18世紀後半に活動する画家たちに大きな影響を与えた。

この時代になり、初めて、日本の絵画の伝統に、写実という概念が導入されたと考えてもいい。
それ以前の絵画は、現実の事物を目に見えるままの姿で再現するという意識はなく、「装飾的に描く」か、あるいは、「造化の真を捉える」という意識が強かった。

現在では当たり前になっている「写生」が意識的に行われるのは、日本では18世紀後半においてである。その時代になって、伝統的な「装飾的表現」に「写実的表現」が加わったのだといえる。

この新しい時代精神は、京都を中心に活躍した画家たちだけではなく、江戸の浮世絵師たちにも共通している。そのことは、現実の事物をリアルに再現するという意識が日本に移入されたことをはっきりと示している。

京画壇の円山応挙が描いた「写生雑録帖」と江戸の喜多川歌麿の「画本虫撰(がほん むしえらみ)」に描かれた鳥、昆虫、植物等は図鑑の絵のようであり、見えるものを忠実に再現するという写実精神を確認することができる。

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江戸時代前半の絵画 上方文化と江戸文化

江戸時代の絵画を考えるとき、狩野派など幕府や大名お抱えの流派、尾形光琳を代表とする琳派、浮世絵などを別々に論じることが多い。また、京都、大阪を中心とした上方文化と江戸の文化を切り離して考える傾向もある。
士農工商という身分制度が確立したために、各身分間の交渉が断絶し、文化的にも交流がほとんどなかったと言われることもある。

しかし、江戸幕府が成立して以来、経済活動が活発化すると、高級商人階級が台頭し、大名や旗本とともに、経済力を持った町人たちが文化を支えるようになっていた。
地理的に言えば、天皇家の所在は京都であり続け、文化的には上方が支配的な状態にあったが、それでも徐々に将軍家の居住地である江戸も大きな位置を占めるようになる。江戸の町人を中心に発展した浮世絵は、まさにそうした現象の象徴といえる。

この時代の社会階級と地理的な移動を体現している芸術家がいる。俳諧を芸術にまで高めた松尾芭蕉(1644-1694)である。
彼は伊賀の下級藩士の家に生まれ、若い頃は俳諧好きの侍大将に仕えていた。その後29歳で江戸に居を移し、俳諧の宗匠として身を立てるようになる。裕福な町人たちを弟子に取り、経済的にやっていけるようになったのだった。その後、深川に引きこもり、さらには主に関西との間を往復する旅を重ねた。
こうした芭蕉の動きは、武士と町人の間、上方と江戸の間を繋ぐものだといえる。

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