美と自然への賛歌

L’éphémère ébloui vole vers toi, chandelle,
Crépite, flambe et dit : Bénissons ce flambeau !

蜻蛉は目がくらみ、蝋燭よ、お前の方へと飛んで行く。
パチパチと音を立てて燃え上がり、そして言うのだ。

この炎を祝福しよう!
              
   シャルル・ボードレール「美への賛歌」より

古代ギリシアの哲学者デモクリトス曰く。

美を知り、美を求めるのは、もともと美によく適合する本性を所有している者のみである。(断片B56)

ネオ・プラトシスムの哲学者プロティノスは言う。

眼が悪の目やににかすみ、浄らかさを得ていなければ、その視力が弱ければ、見ようとしても尻込みを覚えて、素晴らしく輝くものを眺めることができない。
たとえ見うるものがすぐ眼の前にあると他人が指摘してくれても、何一つ見ることができない。
見る眼は、見られる対象と同族化し、類似化した上で、観照にのり出さなければならない。
その理由は、眼が太陽と似ていなければ眼は決して太陽を見ることができないし、魂もそれ自身が美しくなっていなければ、美を見ることができないからである。
神を観、美を観ようとする者は、誰でもまず何よりも、神に類似していなければならない、美しい自己となっていなければならない。(『美について』)