小林秀雄 ボードレール 『近代絵画』におけるモデルと作品の関係

小林秀雄が学生時代にボードレールを愛読していたことはよく知られていて、「もし、ボオドレエルという人に出会わなかったなら、今日の私の批評もなかったであろう」(「詩について」昭和25(1950)年)とか、「僕も詩は好きだったから、高等学校(旧制第一高等学校)時代、『悪の華』はボロボロになるまで愛読したものである。(中略)彼の著作を読んだという事は、私の生涯で決定的な事件であったと思っている」(「ボオドレエルと私」昭和29(1954)年)などと、影響の大きさを様々な場所で口にしている。

そうした中で、『近代絵画』(昭和33(1958)年)の冒頭に置かれた「ボードレール」では、小林が詩人から吸収した芸術観、世界観が最も明瞭に明かされている。
その核心は、芸術作品の対象とするモデルと作品との関係、そして作品の美の生成される原理の存在。

『近代絵画』は次の一文から始まる。

近頃の絵は解らない、という言葉を、実によく聞く。どうも馬鈴薯(ばれいしょ)らしいと思って、下の題を見ると、ある男の顔と書いてある。極端に言えば、まあそういう次第で、この何かは、絵を見ない前から私達が承知しているものでなければならない。まことに当たり前の考え方であって、実際画家達は、長い間、この当たり前な考えに従って絵を描いて来たのである。

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シャルル・ボードレール 新しい美の創造  2/5『悪の華』第2版と散文詩集『パリの憂鬱』の構想  

1857年に出版した『悪の華』が裁判で有罪判決を受け、社会の風紀を乱すという理由で6編の詩の削除を命じる判決が下される。
ボードレールにとって、その詩集は100編の詩で構成される完璧な構造体だった。従って、単に削除するだけとか、6編の新たな詩を加えて再出版することは考えられないことだった。

断罪された詩人は、1861年に出版されることになる『悪の華』の第2版に向け、新しく構想を練り始めるのだが、その作業と並行して、様々な分野での創作活動も非常な勢いで活性化していく。その内容を大きく分けると、以下のようになる。

(1)『悪の華』の再構築
(2)散文詩集の構想
(3)美学の深化
a. 美術批評ー「1859年のサロン」「現代生活の画家」など。
b. 音楽批評ー ワグナー論
c. 文学批評ー『人工楽園』、ポー、ユゴー、フロベール論など。

こうした創作活動を通して、ボードレールの美学は、19世紀後半から20世紀、21世紀にまで至る、新しい芸術観の扉を開くことになった。

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シャルル・ボードレール 新しい美の創造 1/5 『悪の華』の出版まで

シャルル・ボードレールは、19世紀後半以降の詩および芸術に最も大きな影響を及ぼした詩人だと言っていい。

彼は1821年に生まれ、青春時代にはロマン主義に熱中し、ロマン主義的な美を追い求めた。
その後、1850年を過ぎる頃からは、ロマン主義に基づきながらも、それまでとは異なった美を模索し、新しい美を生み出すことになった。

古典主義やロマン主義において、美しいものと美しくないものは明確に区別されていた。
古典主義では理性に従い、ロマン主義では感情を中心に置きながら、古代ギリシア・ローマから続く美の基準はそのまま保たれていた。
ロマン主義を主導したヴィクトル・ユゴーは、『ノートルダム・ド・パリ』の中で、エスメラルダとカジモドを対照的に配置し、美と醜の対比によって美の効果を高めようとした。その中で、エスメラルダが美、カジモドが醜という基準は変わることがなかった。

それに対して、ボードレールは、「美は奇妙なものだ」とか「美は人を驚かせる」といった表現で示されるように、それまでは美の対象ではなく、むしろ醜いとされてきたものを取り上げ、「美」を生み出そうとした。
そのことは、『悪の華』という詩集の題名によってはっきりと示されている。テーマは「悪(mal)」であり、「華(Fleurs)」は「美」の表現である「詩」を意味する。

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ボードレール「コレスポンダンス」からインスピレーションを受けたコンポジション 森田 拓夢作曲 Correspondances for Soprano and 8 musicians

シャルル・ボードレールの「コレスポンダンス」からインスピレーションを受け、京都市立芸術大学、音楽学部、作曲専攻4年生、森田 拓夢氏が「Correspondances for Soprano & 8 musicians」を作曲され、2021年2月3日に京都市北文化会館にて開催された新作発表演奏会『Birth of Music』 で演奏が行われました。

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エミール・ゾラ クロードの告白 Émile Zola La Confession de Claude ロマン主義を乗り越え、ボードレールとは異なる芸術に向けて

Édouard manet, Émile Zola

『クロードの告白(La Confession de Claude)』は、エミール・ゾラが1865年に出版した書簡体形式の小説。
パリにやってきた20歳のクロードが、プロヴァンスに残った友人二人に宛てて書いた手紙という形式を取り、貧困を生きる若者が体験する出来事が、一人称で語られる。
芸術家小説という側面は、小説の冒頭に出てくる「詩人の聖なる貧困(la sainte pauvreté du poète)」という言葉からもうかがい知ることができる。

小説の基本的な枠組みとなるのは、パリで貧しい生活を送る芸術家たちを描くアンリ・ミュルジェールの『ボヘミアン生活の情景』のような若い芸術家の生活情景。
プッチーニのオペラ「ボエーム」を思い出すと、その雰囲気が理解できる。

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ランボー 「別れ」 Rimbaud « Adieu » もう秋だ!

『地獄の季節(Une Saison en enfer)』の最後に置かれた「別れ(Adieu)」は、ランボーの綴った散文詩の中で最も美しいものの一つ。
スタイリッシュな冒頭の一言だけで、ランボーらしい歯切れのよさと、思い切りがある。

L’automne déjà !

「もう秋だ!」
こんな一言だけで、読者を詩の世界に引き込む。
そして、こう続ける。

— Mais pourquoi regretter un éternel soleil, si nous sommes engagés à la découverte de la clarté divine, — loin des gens qui meurent sur les saisons.

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ボードレール 現代生活の英雄性 1846年のサロン 永遠の美から時代の美へ

『1846年のサロン』の最終章「現代生活の英雄性(L’Héroïsme de la vie moderne)」で、ボードレールは、彼の考える美を定義した。

伝統的な美学では、美とは唯一で絶対的な理想と考えられてきた。例えば、ヴェルヴェデーレのアポロン、ミロのビーナス。

理想の美は、いつの時代に、どの場所で、誰が見ようと、常に美しいと見なされた。

それに対して、19世紀前半のロマ主義の時代になり、スタンダールやヴィクトル・ユゴーが、それぞれの時代には、その時代に相応しい美があると主張した。
ボードレールも、美は相対的なものであるという考え方に基づき、自分たちの生きる時代の美とは何か、彼なりの結論を出す。
その例として挙げるのは、ポール・ガヴァルニやウージェーヌ・ラミ。

ボードレールは、こうした美のあり方を、「現代生活の英雄性」と名付けた。

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ボードレール 肖像画について 1846年のサロン — 歴史と小説

ボードレールは『1846年のサロン』の中で、肖像画(portrait)を理解するには、二つの様式があるという。一つは歴史、もう一つは小説。
Il y a deux manières de comprendre le portrait, — l’histoire et le roman.

歴史的理解の代表は、例えば、ダヴィッドの「マラーの死」。
小説的理解の代表は、トーマス・ローレンスの「ランプトン少年像」。ルーベンスの「麦わら帽子」も、後者に含まれるかもしれない

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ボードレール ドラクロワ 絵画論 1846年のサロン

「1846年のサロン」の中で、ボードレールはドラクロワについて論じながら、彼自身の絵画論の全体像を提示した。

その絵画論は、ドラクロワの絵画を理解するために有益であるだけではなく、ボードレールの詩を理解する上でも重要な指針が含まれている。

1)芸術についての考え方:インスピレーションか技術か
2)作品の構想と実現:自然(対象)との関係
3)作品の効果

ボードレールは、ドラクロワの絵画に基づきながら、以上の3点について論じていく。

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ロンサール 「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」 Pierre de Ronsard « Quand vous serez bien vieille, au soir, à la chandelle » 

Pierre de Ronsard

ピエール・ド・ロンサールが1587年に発表した『エレーヌのためのソネット集(Sonnets pour Hélène)』には、とても皮肉な恋愛詩が収められている。
それが、「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」。

このソネットのベースに流れているのは、「今を享受すること」を主張する思想。だからこそ、詩人は、自分の愛に応えて欲しいと、愛する人に願う。

ロンサールは、ソネットの二つのカトラン(四行詩)と最初のテルセ(三行詩)の中で、動詞の時制が未来形に置かれ、「あなたが年老いた時」のことを描き出す。その時には、あなたの美は失われ、暗い夕べの中で過去を懐かしみ、後悔するだろう、と。

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