フランソワ・ラブレー ルネサンス的理想の人間像を求めて 1/3

15世紀半ば、ジャンヌ・ダルクの出現によって百年戦争が終わりを迎えた後、16世紀に至り、フランスはルネサンスの時期を迎える。
フランソワ・ラブレーは、まさにその時期の時代精神を体現した作家である。

彼の代表作『パンタグリュエル物語』と『ガルガンチュア物語』は、巨人の王様親子を中心にした荒唐無稽な物語が表の顔。しかし、内部には人文主義的思想を包み込んでいる。
そのために、私たち読者に、人間のあり方、教育、理想の社会、自由など、様々な問題について考えるきっかけを与えてくれる。

実際、ラブレーはフランス文学史の中でも大作家として認められ、500年近く経った現在でも数多くの読者を獲得している。

日本では、大江健三郎が師匠と仰ぐ渡辺一夫が、16世紀の思想や文学について行った優れた研究を土台にして、『パンタグリュエルとガルガンチュア物語』全五巻の翻訳を出版した(1941-1975)。
ただし、ラブレーの多様で難解な言語をそのまま反映した渡辺の翻訳は、素晴らしい力業であるが、現代の日本人には理解が難しい。
幸い、宮下志朗による新訳がちくま文庫から出版されているので、最初は宮下訳から読む方がラブレーの世界に入りやすい。

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フォンテーヌブロー派の絵画 École de Fontainebleau 16世紀フランス 繊細で優美な絵画の始まり その4 マニエリスム

フォンテーヌブロー派の美は、後期ルネサンスのマニエリスム絵画に大きな影響を受けている。

マニエリスム的な美とはどのようなものか?
盛期ルネサンスを代表するレオナルド・ダ・ビンチと後期ルネサンスに属するティントレットの描いた「最後の晩餐」を比較すると、違いは歴然としている。

Léonard de Vinci, La Cène
Le Tintoret, La Cène
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フォンテーヌブロー派の絵画 École de Fontainebleau 16世紀フランス 繊細で優美な絵画の始まり その3 国王のルネサンス

Jean Clouet, François 1er

16世紀フランスのルネサンスは、国王フランソワ1世の主導の下で始まった。
彼は、1519年に行われたローマ皇帝を選出する選挙で、スペイン王カルロス1世(カール5世)に敗れ、その後の軍事的な対立でも敗北を続けた。
1525年のパヴィアの戦いでは、カール5世の軍に捉えられ、捕虜としてスペインに幽閉されてしまう。

そうした状況の中、フランソワ1世が王権の力を国の内外に誇示するために行ったのが、芸術の輝きによって王の威信を高める文化政策だった。

その政策の中心地として選ばれたのが、フォンテーヌブロー城。
すでに1516年にフランソワ1世はレオナルド・ダ・ビンチをフランスに招いていたが、1528年頃からは、次々にイタリアの建築家や画家を招聘し、フォンテーヌブロー城をフランス・ルネサンスの中心地にした。

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ジョスカン・デ・プレ Josquin des Prés ルネサンスの音楽

ジョスカン・デ・プレ(Josquin des Prés)は、15世紀後半から16世紀初めにかけて活動した、盛期ルネサンスを代表するフランドル学派の作曲家。

レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代に活躍しため、レオナルドが絵画において果たした役割を音楽において果たしたと言われることもある。
宗教改革で有名なルターからは、「ジョスカンは音符の主人。他の作曲家は音符の指図に従う。ジョスカンに対しては、音符が彼の望み通りに表現する。」と言われたとされ、非常に高く評価された。

ルネサンス期の文学作品を読み、絵画を見る時、ジョスカン・デ・プレの曲に耳を傾けるのも悪くない。

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フォンテーヌブロー派の絵画 École de Fontainebleau 16世紀フランス 繊細で優美な絵画の始まり その2 アレゴリー

Allégorie de l’Amour

アレゴリーの鍵

アレゴリーは、ある抽象的な概念を具体的な形象によって寓意的に表現する方法。
例えば、狡猾さを狐で、公正を天秤で表す。

そこで使われる概念と形象の関係は予め決まっているものであり、芸術家たちはその約束事に基づいて創作活動を行った。
例えば、宗教画に関して言えば、白色が清純を、聖母マリアのマントの青色が「天の女王」を表す。そうしたことは、画家が発明するのではなく、予め決まっている規則だった。
そして、鑑賞者もその知識に基づいて作品を読み説いた。

しかし、時代の移り変わりと共に、アレゴリーを理解する鍵が失われた。そのために、作品の持つ意味を理解することが困難になり、専門家によって様々な研究が積み重ねられ、多様な解釈が提出された作品も数多くある。

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フォンテーヌブロー派の絵画 École de Fontainebleau 16世紀フランス 繊細で優美な絵画の始まり その1

Jean Cousin, Eva prima Pandora

フォンテーヌブロー派の絵画は、その名前の通り、フォンテーヌブロー城を中心に展開した絵画の流派。

イタリア・ルネサンス芸術の影響の下、中世のキリスト教文化と古代ギリシア・ローマの異教文化との融合を図り、繊細で優美、官能的な美を生み出してた。

ジャン・クーザンの「エヴァ、プリマ、パンドラ」は、キリスト教の楽園において原罪を犯したエヴァと、ギリシア神話の中で人類に悪をもたらしたパンドラを、一人の女性、しかもヌードの女性像によって形象化している。
その意味で、まさに、異教とキリスト教の融合と言っていい。

この絵画によって代表されるフォンテーヌブロー派の絵画がどのようなものか、これから見ていこう。

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ロンサール 「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」 Pierre de Ronsard « Quand vous serez bien vieille, au soir, à la chandelle » 

Pierre de Ronsard

ピエール・ド・ロンサールが1587年に発表した『エレーヌのためのソネット集(Sonnets pour Hélène)』には、とても皮肉な恋愛詩が収められている。
それが、「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」。

このソネットのベースに流れているのは、「今を享受すること」を主張する思想。だからこそ、詩人は、自分の愛に応えて欲しいと、愛する人に願う。

ロンサールは、ソネットの二つのカトラン(四行詩)と最初のテルセ(三行詩)の中で、動詞の時制が未来形に置かれ、「あなたが年老いた時」のことを描き出す。その時には、あなたの美は失われ、暗い夕べの中で過去を懐かしみ、後悔するだろう、と。

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モーリス・セーブ 見ないでいるほど、憎くくなる Maurice Scève « Moins je la vois, certes plus je la hais » 愛は最も崇高な美徳

モーリス・セーブは、16世紀フランスを代表する詩人。
1544年に出版された、『デリー 最も崇高な美徳の対象(Délie, objet de la plus haute vertu)』は、Délie(デリー)と呼ばれる女性(実際の名前は、Pernette du Guillet)への愛を歌った詩集。

ただし、Délieは、L’Idée(イデア)のアナグラムでもあり、イタリアの思想家マルシリオ・フィチーノを経由したネオ・プラトニスムや神秘主義的な思想が、ペトラルカ的な恋愛詩を通して表現されているとも言われる。

Diane chasseresse
Gustave Moreau, Une effroyable Hécate

Délieは、ギリシア神話の女神ダイアナ(Diane)とヘカテー(Hécate)の別名でもある。
ダイアナは、狩りと月の女神で、男を寄せ付けない。
ヘカテ—は、夜と死の女神であり、冷酷で残忍な女性性を体現する。
従って、デリーを愛することは、苦悩や苦痛の源になる。

しかし、死に匹敵する苦しみを蒙りながら、それを超越することで、愛は甘美なもの(délice)となる。
そこに最も崇高な美徳(la plus haute vertu)がある。

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ルイーズ・ラベ 「私は生き、私は死ぬ」  Louise Labé « Je vis, je meurs » 愛(アムール)とは何か?

Louise Labé

ルイーズ・ラベは、16世紀半ばにリヨンで活動し、ルネサンス期のフランスを代表する詩人の一人。

彼女の代表的な詩「私は生き、私は死ぬ(Je vis, je meurs)」は、イタリアの詩人ペトラルカに由来するソネットの詩型を用い、愛(Amour)とは何かを歌っている。

2つの四行詩(カトラン)では、私(je)を主語にして、私がある矛盾した感情や感覚に捉えられることが語られる。

Angelo Bronzino, Allégorie du triomphe de Vénus

3行詩(テルセ)に移ると、私を捉えていたものが愛(Amour)であることが最初に示される。
そこでは、主体は愛になり、私は愛という行為が働きかける対象(me)であることが示される。

そのようにして、14行のソネット全体を通して、愛とは何かという謎解きが行われていく。

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ジョアシャン・デュ・ベレー 「一生が一日よりも短いならば」 Joachim du Bellay « Si notre vie est moins qu’une journée » プラトニック・ラブの神話

ジョアシャン・デュ・ベレー(Joachim du Bellay)は、プレイアッド派の中心的なメンバーの一人。
イタリアの詩人ペトラルカが用いたソネット形式と、プラトン哲学に基づく愛の概念をフランスに導入することに、大きな役割を果たした。

ソネット(sonnet)は、2つの四行詩(Quatrain)と2つの三行詩(Tercet)の、14行からなる詩の形式。
韻に関しても、最初の8行はabba abba、次の6行は、cde cde、cdc cdc、cdc dcdなど、基本的な形が決められていた。

ペトラルカは、ソネット形式を用いて、ラウラと呼ばれる女性に捧げた恋愛抒情詩を書き、イタリアだけではなく、16世紀フランスの詩人たちに圧倒的な影響を与えた。

恋愛を歌うことは、人間的な自然な感情の表現であると思われるかもしれない。しかし、古代の文藝を再評価したルネサンスの時代には、哲学者プラトンから出発した愛の神話 — プラトニック・ラブ — を歌うことでもあった。

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