ボードレール 白鳥 Baudelaire Le Cygne モデルニテの詩 1/2

シャルル・ボードレール(Charles Baudelaire)の「白鳥(Le Cygne)」について、最も優れたボードレール研究者だったクロード・ピショワは、ボードレールの詩の中で、そしてフランス詩の中で、最も美しいものの一つと断言している。

その詩の書かれた1859年頃、パリは変貌を遂げつつあった。
1850年くらいから古い街並みが壊され、新しい街並みが生まれつつあった。「白鳥」は、そうした変貌を背景にし、まさに変わりつつあるルーブル宮のカルーゼル広場を歩きながら、一羽の白鳥の姿を想い描く。その姿を通して、社会も人間の心も文化も芸術も、全てが新しい時代へと移行していく「今」を捉え、「美」を抽出する。

その変化は、ボードレールの詩においては、19世紀前半のロマン主義的なものから、19世紀後半のモデルニテと呼ばれるものへの移行でもあった。こう言ってよければ、美の源泉が、「ここにないもの(過去、夢、内面、地方、自然など)へのメランコリックな憧れ」から、「今という瞬間=永遠」へと変わっていく。その流れを主導したのが、ボードレールだった。

ここではまず、現在ではルーブル美術館の入り口としてガラスのピラミッドが立てられているカルーゼル広場に関して、変貌前(1846年)と変貌後(1860年)の姿を確認しておこう。

広場の中心あたりにはカルーゼル門が立っていることは変わらない。しかし、1846年にはその奥にごちゃごちゃと立ち並んでいた建物群があるが、1860年の絵画ではきれいに取り払われている。その違いをはっきりと見て取ることができる。

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 4/5

第19-20詩節では、かつて愛し合った思い出の地に別の恋人たちがやって来て、彼らの思い出は別の思い出に上書きされてしまうことに対する悲しみが表現される。

« Oui, / d’autres à leur tour // viendront, couples sans tache,
Puiser dans cet asile // heureux, calme, enchanté,
Tout ce que la nature // à l’amour qui se cache
Mêle de rêverie // et de solennité !

« D’autres auront nos champs, // nos sentiers, nos retraites ;
Ton bois, ma bien-aimée, // est à des inconnus.
D’autres femmes viendront, // baigneuses indiscrètes,
Troubler le flot sacré // qu’ont touché tes pieds nus !

(朗読は6分6秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 3/5

独白は、これまでの状況をオランピオ自身の言葉で語り直すところから始まる。当然、そこでは、「私(je)」が主語になる。

— « O douleur ! / j’ai voulu, // moi dont l’âme est troublée,
Savoir / si l’urne encor // conservait la liqueur,
Et voir ce qu’avait fait //cette heureuse vallée
De tout ce que j’avais // laissé / là de mon coeur !

「ああ、苦しい! 私は望んだ、魂の掻き乱されている私は、
知ることを望んだ、あの瓶がまだ水を保っているかどうか、
見ることを望んだ、あの幸福だった谷間が、
どのようしたのか、私がかつて残した私の心にかかわる全てのものを。

(朗読は2分50秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 2/5

第3詩節は単純過去の動詞(il voulut)から始まり、オランピオが次の行為を行うことが示される。
そして、その際にも、ユゴーの思想の中で大きな意味を持つ言葉が使われる。
その言葉とは、「全て(tout)」。
ユゴーの世界観の中では、超自然の存在も、人間も、動物や植物、鉱物も含め、「全て」が一つの自然を形成している。

Il voulut tout revoir, // l’étang près de la source,
La masure /où l’aumône // avait vidé leur bourse,
Le vieux frêne plié,
Les retraites d’amour // au fond des bois perdues,
L’arbre / où dans les baisers // leurs âmes confondues
Avaient tout oublié !

(朗読は55秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 1/5

1840年に発表されたヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo)の詩集『光線と日陰(Les Rayons et les Ombres)』に収められた「オランピアの悲しみ(Tristesse d’Olympia)」は、ユゴーの数多い詩の中でも代表作の一つと見なされてきた。

その詩の中でユゴーは、恋愛、自然、時間の経過、思い出、憂鬱といったテーマを、彼の超絶的な詩法に基づいて織り上げられた詩句を通して美しく歌い上げる。

前半は、六行詩が8詩節続き、オランピオ(詩人=ユゴー)と自然との交感が描写される。
後半では、四行詩が30詩節からなる、オランピオの独白が綴られる。

全部で168行に及ぶ長い詩だが、1820年に発表されたラマルティーヌ(Lamartine)の「湖(Le Lac)」とこの詩を読むことで、フランスロマン主義の抒情詩がどのようなものなのか理解できるはずである。
https://bohemegalante.com/2019/03/18/lamartine-le-lac/

まず、第1詩節を読んでみよう。

Tristesse d’Olympio

Les champs n’étaient point noirs, / les cieux n’étaient pas mornes.
Non, le jour rayonnait / dans un azur sans bornes
Sur la terre étendu,/
L’air était plein d’encens / et les prés de verdures
Quand il revit ces lieux / où par tant de blessures
Son coeur s’est répandu !

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ヴィクトル・ユゴー 『ノートルダム・ド・パリ』  ー  ロマン主義的創造主 2/3

Notre-Dame 1842

ヴィクトル・ユゴーが1831年に出版した『ノートルダム・ド・パリ』について語る時、忘れてはいけない一つの事実がある。それは、ユゴーの小説がノートルダム寺院の復興のために果たした役割。

フランス革命の間に破壊や略奪にあった大聖堂は、ワインの貯蔵庫として使われたことさえあり、19世紀の初めにおいても荒れ果てたままの状態にあった。
1804年、ナポレオンの戴冠式のため、外観が石灰で白く塗られたり、破壊の跡を隠す装飾が多少施されたが、式典が終わった後で完全に取り壊すことも検討されたという。

そうした状態が続く中、ユゴーが小説の舞台として、もっと言えば小説の主人公として、ノートルダム寺院に脚光を当てた。
その小説が大変な人気を博したために、復興の気運が高まり、建築家ヴィオレ・ル・デュクを中心に、1845年から1863年にかけて復興工事が行われ、2019年4月の火災の前まで見られたような優美な姿を取り戻すことができた。
(ただし、ヴィオレ・ル・デュクは、中世の聖堂そのままの姿ではなく、19世紀から見た中世建築の要素を付け加えた。中央にそびえる塔がその象徴。)
従って、ノートルダム大聖堂が生命を取り戻したのは、『ノートルダム・ド・パリ』という小説のおかげだといえる。

小説が出版された直後の1832年、ジェラール・ド・ネルヴァルは「ノートルダム・ド・パリ」と題した詩の中で、次のように綴った。

地球上の全ての国の人々が
この厳めしい廃墟を見るためにやってくるだろう
夢見がちに、ユゴーの本を読み返しながら。

2024年のパリ・オリンピックに間に合うことを目指して、急ピッチで復旧工事が行われている現実は、ネルヴァルの予言が実現したことを示している。ただし、廃墟ではなく、壮麗な姿を取り戻すであろう大聖堂を、人々は賞賛するだろう。

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ヴィクトル・ユゴー ロマン主義的創造主 1/3 対立するものの共存と光への渇望

19世紀を代表する文学者、あるいはフランス文学を代表する作家は誰か? その問いをフランス人に投げかけると、多くの人は「ヴィクトル・ユゴー」と答えるだろう。

ヴィクトル・ユゴーは1802年に生まれ、1885年に死を迎えるまで、19世紀のほぼ全ての時代を生き抜いた。
しかも、20歳の頃にロマン主義運動の先頭に立って以来、詩、演劇、小説、評論、旅行記、日記、さらに絵画や政治に至るまで、多角的な活動を続けた。
83歳で死亡した時には国葬が行われ、凱旋門からパンテオンに続く沿道には200万の人々が詰めかけるほどの人気を博した。

21世紀、彼の作品の中では、『レ・ミゼラブル』と『ノートルダム・ド・パリ』という二つの小説が演劇、ミュージカル、アニメーションなどで頻繁に取り上げられ、世界中で絶大な人気を博している。

日本では、明治35-36年(1902-1903)に、『レ・ミゼラブル』が『噫無情(ああむじょう)』という題名で翻案され、さらに銀の燭台のエピソードが教科書に取り上げられるなどして、ジャン・ヴァルジャンの名前とともに、ヴィクトル・ユゴーの名前が広く知られるようになった。

他方、フランスにおいては、現在でもユゴーは詩人としての認知度が高い。
実際、詩人としての天分に恵まれ、インスピレーションだけではなく、テクニックの面でも、圧倒的な力を発揮した。
フランスのロマン主義に関して、絵画におけるドラクロワの存在が、文学においてはヴィクトル・ユゴーにあたると言ってもいいだろう。

Victor Hugo Le Phare

そうしたユゴーの膨大な作品群を貫く一つの核を探り出すのは困難だが、ユゴー自身がカスケ諸島の灯台を描いた1枚の絵画が、彼の精神性を最も端的に象徴しているのではないか、と考えてみたい。

画面の中央には一本の長い階段が位置し、下から上へと伸びている。
灯台の下は暗い闇に包まれ、右手の海上にでは一艘の船が帆を傾け、今にも沈みそうな様子をしている。
上方には格子のはまった窓があり、その回りには雲が立ちこめている。その全体が暗いが、しかし、窓の回りは明るい光で照らされている。
階段自体も全体的には闇に包まれているが、しかし、中央の部分は明るく見え、窓から光が差し込んでいる様子が窺われる。

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スタンダール 幸福を求めて

1783年に生まれたスタンダールの最大のテーマは、「幸福」だった。

実際の人生においても、様々なジャンルの著作においても、スタンダールが求めたものは「幸福」であり、その意味で、「個人の自由」や「科学の進歩」を通して「幸福」を追求した18世紀精神を継承しているといえる。

彼は、一方ではヴォルテールに代表される合理主義精神や科学主義に基づく思想を持ち続け、他方ではルソーを代表とする「人間の内面」に価値を置く心持ちの持ち主でもあった。
(18世紀の時代精神 幸福を求めて https://bohemegalante.com/2021/05/12/esprit-du-18e-siecle-bonheur/

18世紀から19世紀に流れ込んだこの二つの精神性を合わせ持っていることは、フランス革命の6年前に生まれたスタンダール(本名:アンリ・ベール)が、18世紀精神の継承者であることを示している。

しかし、別の視点から見ると、彼の求める「幸福」は徹底的に「個人」に属するものであり、18世紀に主要な関心事であった「公共」の幸福は彼の関心事ではなかった。
彼が求めたのは「私の幸福」であり、「社会全体の幸福」を考えることはなかった。社会はむしろ「私」と敵対する存在として姿を現した。
その点では、彼と相容れなかった19世紀前半のロマン主義文学者たちとスタンダールは共通している。たとえロマン主義的抒情を好まなかったとしても、彼もまた「私」を視座の中心に据えた作家だった。

21世紀の日本人が、自分の感性を羅針盤にしてスタンダールの世界を航海するのではなく、19世紀前半のフランスにおける時代精神に基づいてスタンダールの「幸福の追求」を読み説くとき、どのような世界が見えてくるのだろうか。

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19世紀の時代精神 社会の中の「私」 1/2 ロマン主義

19世紀は、文学だけではなく、絵画や音楽に関しても、日本でよく知られた芸術家たちを輩出した時代。

小説家で言えば、ヴィクトル・ユゴー(『ノートルダム・ド・パリ』『レ・ミゼラブル』)スタンダール(『赤と黒』)、バルザック(『人間喜劇』)、アレクサンドル・デュマ(『三銃士』)、メリメ(『カルメン』)、ジョルジュ・サンド(『愛の妖精』)、フロベール(『ボヴァリー夫人』)、エミール・ゾラ(『居酒屋』)、モーパッサン(『女の一生』)、アルフォンス・ドーデ(「アルルの女」「最後の授業」)、等。

詩人であれば、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、等。

画家なら、ドラクロワ、クールベ、マネ、モネ、ルノワール、ロートレック、ゴッホ、ゴーギャン、ギュスターヴ・モロー、セザンヌ、等。

音楽家なら、ショパン、ベルリオーズ、リスト、ドビュシー、サティ、サン・サーンス、ビゼー、等。

さらに、ロマン主義、写実主義(レアリスム)、自然主義、印象派、象徴派、デカダンス、世紀末芸術といった用語も知られている。

その一方で、19世紀の半ばに世界観・芸術観の大転換があり、そこで発生した新しい世界像が20−21世紀の世界観・芸術観の起源となったことは、あまり意識されていない。

ここでは簡潔に19世紀文学の流れを辿り、時代精神の大きな転換について考えていく。

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エミール・ゾラ クロードの告白 Émile Zola La Confession de Claude ロマン主義を乗り越え、ボードレールとは異なる芸術に向けて

Édouard manet, Émile Zola

『クロードの告白(La Confession de Claude)』は、エミール・ゾラが1865年に出版した書簡体形式の小説。
パリにやってきた20歳のクロードが、プロヴァンスに残った友人二人に宛てて書いた手紙という形式を取り、貧困を生きる若者が体験する出来事が、一人称で語られる。
芸術家小説という側面は、小説の冒頭に出てくる「詩人の聖なる貧困(la sainte pauvreté du poète)」という言葉からもうかがい知ることができる。

小説の基本的な枠組みとなるのは、パリで貧しい生活を送る芸術家たちを描くアンリ・ミュルジェールの『ボヘミアン生活の情景』のような若い芸術家の生活情景。
プッチーニのオペラ「ボエーム」を思い出すと、その雰囲気が理解できる。

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