
「散歩と思い出」は、ジェラール・ド・ネルヴァル(1808-1855)が生前に残した最後の作品の一つであり、詩人でもあった作家の美学がもっとも端的に表現されている。
パリやモンマルトルは、1850年あたりから都市開発の波に洗われ、古い街並みが新しい姿へと変貌を遂げつつあった。
それまで目に見えていた過去の姿が徐々に消え去り、目に見えないものへと変わっていく。
そうした中で40歳を少し超えたネルヴァルは、ジャン・ジャック・ルソーの言葉を思い出し、人生の半ばを超え、現在の時間を生きながら、過去が甦ってくるように感じる始める。
そうした意識を持った時、ネルヴァルは、今を描くことが過去の探求にもつながり、過ぎ去った過去という目に見えないものを追い求めることでメランコリックな憧れを心の中に醸成するというシステムを、彼の美学の中心に据えた。
絵入りの雑誌「イリュストラシオン」に1852年に発表した「十月の夜」は、パリの場末やパリ郊外の町を通して、同時代の現実をリアルに描くという口実の下で、目に見えない「夜」を出現させる試みだった。
https://bohemegalante.com/tag/10月の夜/
同じ「イリュストラシオン」誌に掲載した「散歩と思い出」になると、過去の探索はネルヴァル自身の幼年時代にまで及び、「思い出」を核にしたポエジーの創造が目指されている。
続きを読む