中原中也 時こそ今は・・・ 人生と作品

中原中也は、自分の人生で起こったことを題材として取り上げ、赤裸々に詩の中で語るかのような印象を与える詩人である。

「時こそ今は・・・」の中の「泰子」は長谷川泰子だろうし、「冬の長門峡」は現実の長門峡の情景を前提とし、「帰郷」で歌われる「私の故郷」は山口県の湯沢温泉を指す。
中也の詩は、彼の人生の具体的な出来事を契機として生み出されたと考えていいし、詩の理解にはそれらの出来事の知識が大いに役立つ。

しかし、詩の言葉を全て現実の出来事に関連付け、詩人の人生から作品を解釈するとしたら、詩としての価値を大きく減らすことになってしまう。
たとえ個人的な出来事を歌った詩であっても、それが読者の心を打つためには、普遍性を持つ詩句である必要がある。
こう言ってよければ、詩人の仕事は、何を語るかと同時に、どのような言葉を選択し、それらの言葉をどのように配置し、一つの詩的世界を構築するかにかかっている。
出来上がった作品は、現実から独立し、詩としての価値を持つ。
だからこそ、読者は、中也の詩句を読み、たとえ彼の人生を知らなくても、心を動かされるのだ。

こうした人生と作品の関係について、「時こそ今は・・・」を読みながら、少しだけ考えてみよう。

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ボードレール 夕べの諧調 Baudelaire « Harmonie du soir »

Eugène Boudin, Étude de ciel sur le bassin du commerce

「夕べの諧調」は、ボードレールの韻文詩の中で、最も美しく魅力的な詩の一つ。

一つ一つの言葉、言葉と言葉の繋がりが、音の点でも、意味の点でも、円やかなハーモニー(Harmonie)を奏で、私たちを恍惚とした美の世界へと導いてくれる。

詩の形態は、東南アジアのマレー半島で使用されたパントゥーム(pantoum)。一つの詩節から次の詩節へと、同じ詩句が次々に引き継がれ、戻ってくる。同じものの反復は、めまい、眩暈を惹き起こす。

音と意味の繋がりは、韻によって明確に示される。
女性韻 ige に関連する言葉は、揺れと固定、めまいとその跡を意味する。
男性韻 oirに関連する言葉は、宗教的な雰囲気をかき立てる。

女性韻:tige(枝)、vertige(めまい)、afflige(苦しめる)、se fige(固まる)、vestige(跡)。

男性韻:encensoir(振り香炉)、soir(夕べ)、reposoir(祭壇), noir(黒), ostensoir(聖体顕示台)。

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