モーパッサン 「オルラ」 小説と日常生活の心理学 3/3

ギ・ド・モーパッサン(1850-1893)は梅毒のために神経系が犯され、晩年はかなりの精神障害を患い、最後は精神病院で死を迎えた。
そのためもあってか、心理学に興味を持ち、神経病学者ジャン゠マルタン・シャルコーがサルペトリエール病院で開催していた公開講座に通い、催眠術によるヒステリー患者の治療などに立ち会っていたことが知られている。
シャルコーの指導を受けたスエーデンの医師アクセル・ムンテは、『サン・ミケーレ物語』の中で、火曜講座でモーパッサンと出会い、催眠術や様々な精神障害について長く話しあったものだったという思い出を語っている。

そうしたモーパッサンの気質が、幻想的と見なされる彼の短中編小説の土台となっていることは、代表作の一つである「オルラ」からも知ることができる。
日記形式で語られる日常生活の中で、「私」が襲われる様々な幻覚や不可解なでき事は、単に怪奇現象として幻想小説の枠組みを通して語られるのではなく、当時の心理学的な視点から検討されている。
催眠術の場面が描かれ、専門の学術雑誌らしい名称が挙げられ、「暗示」や「意志」といった専門用語が使われる。
目に見えない何かの存在を確認しようとする「私」の行動は、科学的な実験とその検証のようでもある。

モーパッサンは、「幻想的なもの」と題された雑誌記事(1883年10月7日)の中で、以前の幻想は恐怖を生み出すために超自然な出来事を用いたが、これからは、日々の細々とした事象を通して、魂の混乱や説明不可能な恐怖の強い感覚を語るのだとしている。
彼は、日常生活を送る中で感じる心理と身体の関係を様々な角度から考察し、物語の形で表現したのだった。

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モーパッサン 小説と日常生活の心理学 1/3

ギ・ド・モーパッサン(1850-1893)は、しばしば自然主義に属する作家と紹介されるが、現実主義的な傾向の小説とは別に、幻想や狂気をテーマにした短中編小説によっても知られている。

多くの場合、現実主義的と幻想的という二つの系列は対立するものと見なされる。しかし、モーパッサンにとって、それらは決して相反するものではなかった。
そのことは、19世紀後半に成立しつつあった新しい学問分野である「心理学」について考えると理解できる。

人間の魂あるいは精神や心の研究は、伝統的に哲学や神学等によって担われてきたが、そうした分野はあくまで思弁的なものだった。
それに対して、実証主義精神が台頭するのに応じて、実験により検証可能な科学的アプローチが模索されるようになる。その結果、19世紀後半、身体反応と心の関連性を考察対象とする学問として、心理学が成立したのだった。

モーパッサンは、こうした思想に基づき、以下の二つの原則を小説の核心に置いた。
1. 現実以上に現実的と感じられる世界を小説の中に作り出す。
2. 登場人物たちの性格や日常の生活環境の絡み合いの中で、彼らの心理を浮かび上がらせる。

現実と感じられる世界の構築(1)は、モーパッサンがしばしば自然主義の小説家と見なされる要因となっている。
人間心理(2)に関しては、生理や環境が心理に及ぼす影響が学問的に認められるとしたら、その逆に、心理が五感に影響を与える様を描くことが、彼の幻想小説の核心となった。

この二つの要素は密接に関連していて、現実の日常生活を描いている小説でも、超自然な現象が恐怖を引き起こす小説でも、中心にあるのは常に人間の「心理」である。

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