恋愛は3年しか続かない  トリスタンとイゾルデの物語 科学の実験

トリスタンとイゾルデの名前は、日本では、リヒャルト・ワグナーのオペラ『トリスタンとイゾルデ』を通してよく知られている。

イングランドの南西端に位置するコーンウォールの騎士トリスタンは、マルク王の命令に従い、アイルランドのイゾルデを、王の妃とするために連れ去ろうとする。しかし、帰途の船上で、2人は誤って媚薬を飲み、激しい恋に落ちる。そして、その恋は、二人の悲劇的な死へとつながっていく。

この媚薬をどのように理解するかは様々であり、2人は最初から惹かれ合っていて、その気持ちを象徴するものとも考えられるし、あるいは、人間が逆らうことのできない運命と見なすこともできる。

では、その媚薬の効果に期限はあるのだろうか?
実は、トリスタン物語は元来ケルト民話の中で語られたものであり、11−12世紀にフランスで活字化された物語の中には、媚薬に期限が付けられているものがあった。
ベルールという語り手による「トリスタン物語」はその代表であり、恋の薬の有効期限は3年とされていた。

面白いことに、3年という期間は、アメリカの科学者が実験した結果と一致している。
恋人の写真を見せ、脳内の反応をMRIで測定すると、ドーパミンが作られる部位に反応するという。ただし、その効果は18ヶ月から3年しか持たないらしい。といったことが、以下のyoutubeビデオを見るとわかる。

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スタンダール 『赤と黒』 Stendhal Le Rouge et le Noir こうして恋心は生まれる

『赤と黒』には「1830年の年代記」という副題が付けられ、非常に明確な時代背景が描き込まれている。

ナポレオンの時代であれば、平民の出身でも、軍隊での功績次第で出世できる可能性があったかもしれない。しかし、1815年にナポレオンが完全に失脚し、ブルボン王朝が復活した後、平民が社会階層を駆け上がるためには聖職に就くしかなくなる。
題名にある「赤」は軍人を示し、「黒」は僧侶を示している。

貧しい製材屋の息子ジュリアン・ソレルは、田舎町ヴェリエールの町長レナール家の家庭教師となり、最初は「上流階級の女性をものにする」という野心を満たすために夫人を誘惑する。
しかし、その関係が発覚し、ジュリアンはレナール家を追われる。

その後、僧侶になるためにブザンソンの神学校に通い、校長であるピラール神父の保護を受けるようになる。そして、神父が神学校内部の争いのために職を追われ、ラ・モール伯爵の力添えでパリで聖職に就くようになると、ジュリアンも彼に従いパリに出、ラ・モール侯爵の秘書として働くようになる。

ラ・モール伯爵の家には、19歳になる娘マチルダがいる。彼女は我が儘に育てられ、気位が高い。夢見がちで、情熱的な恋愛に憧れている。そのために、サロンに集う若い貴族たちに満足できず、回りを退屈だと思い始めている。
そんな彼女にとって、最初、平民出身のジュリアンは単なる使用人でしかない。

そうした状況の中で、マチルダの心にほんのわずかな変化が生まれる瞬間がある。
優れた心理分析家であるスタンダールは、「恋愛の結晶化作用」の最初の一歩と言ってもいいマチルドの微妙な感情の動きを、本当に自然に描いている。

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スタンダール 『恋愛論』 結晶化作用  恋愛の生理学から恋愛の美学へ

『赤と黒』で知られるスタンダールは、常に「幸福」を追求し続けた。
実際の人生の中でも、小説の中でも、自伝、旅行記、絵画や音楽に関する批評の中でも、彼は幸福の味を探し求めた。

幸福の追求において、彼が最もこだわったのは「恋愛」だった。『赤と黒』『パルムの僧院』においても、恋愛心理の分析が驚くほど緻密に行われ、説得力を持って語られている。

そうしたスタンダールの恋愛理論の中で、とりわけよく知られているのが、恋愛感情が生まれる時に発生する「結晶化作用(cristallisation)」。

「ザルツブルクの小枝」の比喩は、誰もが一度は耳にしているかもしれない。
葉の落ちた木の枝を、塩を採集していた坑道の奥深くに投げ込む。しばらくして引き出してみると、枯れ枝にキラキラと輝く結晶が付いている。
恋愛の初期には、それと同じ結晶作用が起こり、愛する対象が美しく見える。

スタンダールが1821年に出版した『恋愛論(De l’Amour)』の中で、「恋愛の結晶作用」がどのように語られているのか、フランス語で読んでみることにしよう。

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アベ・プレヴォ 『マノン・レスコー』 新しい時代を予告する女性の誕生

Jean-Honoré Fragonard, La Lettre d’amour

マノン・レスコーの名前は現在もよく知られている。近年の日本では、彼女はファム・ファタル、つまり、抗いがたい魅力で男性を魅了し破滅に陥らせる女性という、類型化した形で紹介されることがよくある。

その一方で、1731年に出版された時の題名が『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』であり、作者アベ・プレヴォの自伝的小説『ある貴族の回想と冒険』の7巻目にあたることはあまり考慮に入れられることがない。

そのために、実際に小説を読んだとしても、18世紀の前半にその作品がどのような意義を持ち、何を表現していたのか、考察されることはあまりない。
読者は、マノンにファム・ファタル、情婦、悪女などのイメージを投げかけ、自分の中にある恋愛観を通して、無意識に潜む性愛的ファンタスムを読み取るといったことが多いようである。
その場合、アベ・プレヴォの小説を読むというよりは、ファム・ファタルという女性像を中心に置き、物語のあらすじを辿り、気にかかる部分やセリフを取り上げ、恋愛のもたらす様々な作用について語ることになる。
マノン・レスコーはファム・ファタルだと思い込んだ瞬間に、そうした危険があることを意識しておいた方がいいだろう。

フランス文学の歴史の中に位置づける場合には、『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』が1731年に出版された作品であることを踏まえ、その時代にこの小説がどのような意味を持ちえたのかを考えていくことになる。

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ラ・ファイエット夫人 『クレーブの奥方』 恋愛小説の危険

恋愛を扱った小説を読む時には、とりわけ注意を要することがある。
一般に恋愛は人間にとって普遍的な感情であると思われているので、小説が書かれた時代や国民性を考えることなく、読者自身の持つ恋愛観を投影し、小説を通して自分の恋愛に関する想いを読み取るだけに終わってしまう可能生がある。

マノン・レスコーがファム・ファタル(恋愛によって男性を堕落させる魅力的な女性)であり、ボヴァリー夫人が平凡な結婚生活に退屈し、不倫を繰り返して最後は自殺する女性といった平凡な類型を当てはめる。マノンに翻弄される男の愚かさを語ってみたり、それほど愛されるマノンに憧れたり、平凡な夫であるシャルル・ボヴァリーに退屈して結婚外の恋愛を憧れる女性に共感したり、やっぱり不倫はダメだなどといった感想を抱く。

François Clouet, Elisabeth d’Autriche

ラ・ファイエット夫人(Madame de La Fayette)の『クレーブの奥方(La Princesse de Clèves )』は、しばしばフランスで最初の恋愛心理を分析した近代小説と紹介されることがあり、恋愛感情を繊細に分析した小説といった先入観を持って読まれることが多い。

しかし、恋愛小説をそうした視点を通してだけ読むのであれば、芸能人の恋愛ネタと変わるところがなく、わざわざ古い時代のフランスの小説に手を出す必要もない。

せっかく『クレーブの奥方』を読むのであれば、読者自身の恋愛観を直接投影するのではなく、17世紀後半のフランスで書かれた作品であることから出発した方が、読書の楽しみはより大きなものになる。

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ラシーヌ 恋は毒

ラシーヌの悲劇は、人間の弱さを描き、そこに美を生み出すという点では、日本的な感性に受け入れられやすいといえる。

必至に運命に立ち向かい、何とか理性を働かせて、自分を保とうとする。しかし、追い詰められると、どうにもならない感情にとらわれ、愛が憎しみに反転し、自分を押さえることができなくなる。
その葛藤の中で、もがき苦しむ。倫理的な行動を取ろうとすればするほど、自分を責める心持ちが強くなり、苦しみも深まる。
美は、まさに、そこに生まれる。

17世紀前半を代表する悲劇作家コルネイユの主人公たちは、義務と情の選択を迫られると、最終的には恥を避け、義務を選択する。栄誉こそが彼らの最高の価値であり、彼らは「あるべき」行動を取ることで、愛も獲得することができる。

それに対して、ラシーヌの主人公たちは、報われることのない恋愛から逃れられない運命にあり、愛と憎しみの間で揺れ動き、意志とは反対の方向に進んでいく。
17世紀後半、「あるがまま」の姿が自然であると見なされる時代になり、ラシーヌは、感情に逆らいながらも最後には感情に負け、崩れ落ちる人間のあり様を描いたのだといえる。

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マリー・ド・フランス すいかずらの短詩 12世紀文学への最初の一歩

12世紀のフランス文学がどのようなものだったのか、フランス文化に親しんでいる人間であれば、誰でも興味があるだろう。
しかし、知識のないまま読んでみて、最初から楽しさを感じるのは難しい。

「恋愛は12世紀フランスの発明品」という有名な言葉があり、恋愛について考えたり、話のネタにはなりそうなのだが、実際に作品を読むと現代の読者には味気なく感じられるかもしれない。

日本では万葉集や古今和歌集の伝統が8世紀から続き、11世紀にはすでに『源氏物語』が書かれている。平安時代の日本文化は世界でも最高水準に達していたと言っても過言ではない。
そうした繊細でニュアンスに富んだ恋愛を描いた日本文学に比べ、12世紀フランスの恋愛物語から心の機微を感じることはまれで、恋愛小説的な面白さを求めてもがっかりすることになるだろう。

逆に言えば、アプローチする場合には、それなりの知識や読む技術が必要になる。
ここでは、翻訳でわずか5ページに収まる、マリー・ド・フランスの短詩「すいかずら」を読み、12世紀フランス文学への第一歩を踏み出してみよう。

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恋愛の誕生 Naissance de l’Amour 12世紀フランス文学における恋愛観の転換

Gustave Moreau, Sapho à Leucade

恋愛は12世紀のフランスで誕生した。

恋愛は人間に備わった自然な感情なのだから、恋愛が発明されたなどと言うのは馬鹿げていると考えるかもしれない。
実際、古代ギリシアの時代から、抒情詩人たちは激しい恋の感情を詩にしてきた。

柏の梢に吹き下ろす深山の嵐の如く
恋はわが胸を掻き乱す。(サッポー)

黄金なす愛欲の女神なくして何の人生ぞ、何の歓びぞ、
死なんかな、かの美わしきことどもの、過ぎにし夢と消え去れば、
秘めし恋、心込めたる贈り物、愛の臥床。 (エレゴス)

こうした詩句を読めば、恋愛がいつの時代にも存在したと考えるのが当たり前だろう。

では、12世紀にフランスで恋愛が発明されたというのは、間違った言葉なのだろうか。

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ロンサール 「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」 Pierre de Ronsard « Quand vous serez bien vieille, au soir, à la chandelle » 

Pierre de Ronsard

ピエール・ド・ロンサールが1587年に発表した『エレーヌのためのソネット集(Sonnets pour Hélène)』には、とても皮肉な恋愛詩が収められている。
それが、「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」。

このソネットのベースに流れているのは、「今を享受すること」を主張する思想。だからこそ、詩人は、自分の愛に応えて欲しいと、愛する人に願う。

ロンサールは、ソネットの二つのカトラン(四行詩)と最初のテルセ(三行詩)の中で、動詞の時制が未来形に置かれ、「あなたが年老いた時」のことを描き出す。その時には、あなたの美は失われ、暗い夕べの中で過去を懐かしみ、後悔するだろう、と。

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ボードレール 「腐った屍」 Baudelaire « Une Charogne » 奇妙な恋愛詩

ボードレールの「腐った屍(Une Charogne)」は、とても奇妙な恋愛詩。

恋人と二人で道を歩いているとき、一匹の動物の腐った死骸を見る。蛆がたかり、肉体は崩れかけている。
そのおぞましい光景を描きながら、愛の歌にする。

どうしてそんなことが可能なのだろう?

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