ランボー 「おお季節よ、おお城よ」 Rimbaud « Ô saisons ô châteaux… » 永遠から時間の中へ

「おお季節よ、おお城よ」は、『地獄の季節』の中心を占める「錯乱 II 言葉の錬金術」に収録された韻文詩群の最後に置かれた詩。
その直前に位置する「永遠」の後、再び「時間」が動き始める。
そして、ランボーは、「幸福」について思いを巡らせる。

6音節のリフレイン« Ô saisons (3) ô châteaux (3) »に挟まれ、7音節2行で構成される詩節が、幸福の魔力と魅力について、多様な解釈の余地を生み出す言葉となって、連ねられていく。

Ô saisons, ô châteaux !
Quelle âme est sans défauts?

おお、季節よ、おお、城よ!
どんな魂に、欠点がないというのか?

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ボードレール 「旅への誘い」 Baudelaire « L’invitation au voyage » その2 散文詩(1/2)

韻文詩「旅への誘い」を、ボードレールはなぜ散文で書き直したのだろうか?

伝統的な考えでは、詩とは韻文で書くものと決まっていた。
韻を踏み、一行の詩句の音節数詩句の音節数が一定であることが、詩と見做される条件だった。

そして、散文は、詩との関係で言うと、韻文を書く前に構想を書き留めるものくらいに考えられていた。

そうした伝統に対して、ボードレールは、韻文で書かれた詩とほぼ同じ内容を散文にし、その散文を詩として成立せようという大胆なチャレンジに挑んだ。
言い換えると、散文詩というジャンルを新たなジャンルを確立することが目標だといえる。

散文詩「旅への誘い」を通して、散文詩とはどのようなものなのか見ていこう。

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ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち その6

第7部では、旅立つことの意義が、再び問い直される。

VII

Amer savoir, celui qu’on tire du voyage !
Le monde, monotone et petit, aujourd’hui,
Hier, demain, toujours, nous fait voir notre image :
Une oasis d’horreur dans un désert d’ennui !

苦々しい知識が、旅から引き出される!
今日、世界は、単調で、小さい。
昨日も、明日も、常に、私たちに見せるのは、私たち自身の姿。
倦怠の砂漠の中の、ぞっとするオアシス!

Salvator Dali, Autoportrait au miroir avec Gala

旅から引き出される結論は、世界が単調で小さいということ。
その世界は、現在も、過去も、未来も変わることがなく、そして、それは旅人自身の姿の反映である。

そうした辛い事実を知ることは、自己イメージを嫌悪(horreur)と倦怠(ennui)で満たすことになる。苦々しい知識(amer savoir)。

それでも旅に出なければならないのか? あるいは留まるべきなのか?

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日本における自然観と美意識 もののあわれ

日本的な感性は自然の移り変わりに敏感であり、春は桜を楽しみ、秋は紅葉に感嘆する。その際、桜や紅葉がいつまでも咲き続けることを望むのではなく、それらが束の間の美であることに強く心を動かされる。

ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ 

『古今和歌集』に収録された紀貫之のこの和歌は、桜の花と人の心の対応、過ぎ去る時間に対する意識、和歌全体を貫くしみじみとした抒情性など、日本的な美意識の一つの型を見事に表現している。

まず最初に、平安時代までに成立したと考えられるこうした美意識の基底には、どのような自然観があるのか考えてみよう。

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ヴェルレーヌ 「秋の歌」 Verlaine « Chanson d’automne » 物憂い悲しみ

日本におけるヴェルレーヌのイメージは、上田敏による「落葉」の翻訳によって決定付けられているといってもいいだろう。その翻訳は、上田敏作の詩と言っていいほどの出来栄えを示している。

秋の日の/ヰ゛オロンの/ためいきの/身にしみて/ひたぶるに/うら悲し。
鐘のおとに/胸ふたぎ/色かへて/涙ぐむ/過ぎし日の/おもひでや。
げにわれは/うらぶれて/ここかしこ/さだめなく/とび散らふ/落葉かな。

この翻訳の素晴らしさが、日本における「秋の歌」の人気の秘密であることは間違いない。しかしそれと同時に、ヴェルレーヌの詩が、『古今和歌集』の詠人知らずの和歌のように、「もののあわれ」を感じさせることも、人気の理由の一つではないだろうか。

秋風に  あへず散りぬる  もみぢ葉の  ゆくへさだめぬ  我ぞかなしき 

フランス語を少しでもかじったことがあると、これほど素晴らしい詩がフランス語ではどうなっているのだろうと興味を持つことだろう。
もちろん、ヴェルレーヌの詩も素晴らしい。

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ボードレール 「酔いたまえ」 Baudelaire « Enivrez-vous » 美のエクスタシー

ボードレールの散文詩「酔いたまえ」を、イタリア生まれの俳優で歌手のセルジュ・レジアニがささやく。
こほほどセクシーな朗読が他にあるだろうか。

ボードレールはとても美しいことを書いていると言った後、レジアニは、詩人の詩句を自分の言葉のように語り始める。
しかも、最後には、詩句にはない一言を加えてしまう。あたかも自分の詩であるかのように。

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ルソーの夢想 自然との一体化 Jean-Jacques Rousseau et ses rêveries

ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)は、最晩年に、『孤独な散歩者の夢想』(Rêveries du promeneur solitaire)という作品を執筆した。それは、自分の生涯を赤裸々に語る『告白』(1782-89)の後に書かれ、過去を振り返りながら、自己の内面の動きを綴ったものだった。

この作品の「第5の散歩」の章では、人々から迫害されたルソーが、スイスのビエンヌ湖(Lac de Bienne)にあるサン・ピエール島(île de Saint-Pierre)に滞在し、湖の畔で夢想にふける場面が描かれている。
そこで彼は、波の音と自分の心臓の鼓動が一つになり、至福の時を体験する。

それは、自己と自然が一体化し忘我に達する瞬間であり、その体験が非常に美しい文章で描かれている。音楽性も大変に優れていて、スイスの湖の畔に座る「私」の心の鼓動と波の動きが重なり合う波長が、文章のリズムによって見事に表現される。

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