
中原中也の「月の光 その1」と「月の光 その2」は、最愛の息子、文也の死をテーマにした詩で、痛切な悲しみが激しい言葉で綴られていてもおかしくない。
しかし、それとは反対に、感情が押さえられ、全体がおぼろげな雰囲気に包まれている。
その雰囲気は、ポール・ヴェルレーヌの『艶なる宴(Fêtes galantes)』に由来する。
題名は「月の光(Clair de lune)」からの借用であり、「マンドリン(Mandoline)」に出てくる二人の人名チルシスとアマントも使われている。
そこでの風景はまさに、「あなたの魂は、選び抜かれた風景(Votre âme est un paysage choisi)」とヴェルレーヌによって表現されたような、「死んだ児(子)」を悼む詩人の心象風景。
その中で、現実の死と直面した中也が、詩人として死を受け入れようとする。そうした心の在り方を描き出している。
月の光 その1
月の光が照っていた
月の光が照っていた
お庭の隅の草叢(くさむら)に
隠れているのは死んだ児(こ)だ
月の光が照っていた
月の光が照っていた
おや、チルシスとアマントが
芝生の上に出て来てる
ギタアを持っては来ているが
おっぽり出してあるばかり
月の光が照っていた
月の光が照っていた