
ギ・ド・モーパッサンの中編小説「脂肪の塊」は、1870年の普仏戦争中にノルマンディ地方の一部がプロイセン軍によって占領された状況を背景にして、ルーアンの町から馬車で逃亡する乗客を中心にした人間模様を、リアルなタッチで描き出している。
“脂肪の塊”というあだ名で呼ばる主人公の娼婦は、善良で心優しい。他の乗客たちが食事を持たない時には自分の食べ物を提供するし、宗教心にも篤く、ナポレオン3世の政治体制に対する愛国心も強い。
それに対して、裕福な階級の人々やキリスト教のシスターたちは、娼婦をさげすみ、必要な時には利用し、役目が終われば無視し、彼女の心を傷つける。

ふっくらとした娘を乗客たちが最も必要とするのは、逃亡の途中に宿泊したホテルで、プロイセンの将校から足止めをされる時。彼女が身を任せなければ、馬車は出発できない。しかし、愛国心の強い女性は、敵の兵士の要求を受け入れようとしない。
その時、他の乗客たちにとって、彼女は「生きている要塞」となる。
そこで、どのようにして要塞を陥落させ、脂肪の塊というご馳走をプロイセン兵に食べさせるのか? その戦略を練り、彼女を降参させるための「心理戦」が、この小説の中心的なテーマになる。
このような視点で「脂肪の塊」を概観すると、モーパッサンが、プロイセン軍による占領の現実をリアルに描きながら、それと同時に、人々の心の動きを「心理的な戦い」として浮き彫りにしたという、二つの側面が見えてくる。
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