ネルヴァル 「黄金詩篇」  ピタゴラスと共に Nerval, « Vers dorés », avec Pythagore

ネルヴァルの「黄金詩篇」は、エピグラフにピタゴラスの詩句とされる言葉を挙げ、ピタゴラス教団の教えを唱えるお題目のような雰囲気を持っている。

ピタゴラスという名前を聞くと、ピタゴラスの定理を思いだし、数学者だと思うかもしれない。三角形の底辺の2乗は、他の2辺の2乗の和に等しいという、誰もが知る定理。

しかし、ピタゴラスは、万物は全て数で成り立つと唱えた古代ギリシアの哲学者で、秘儀的な宗教教団の中心人物でもあった。その教団は、ピタゴラス派と呼ばれる。
「黄金詩篇」はその教団の信条を詩句にしたもの。

ネルヴァルは、最初にこの詩を発表した時、「古代の思想(« Pensée antique »)」という題名を与えていた。この「古代」は「近代」と対立し、人間の思考の二つの型を連想させる。一方は合理的思考。もう一方は理性的理解を超えた思考。

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もののけ姫 怒りに曇る目と生きる自然

「もののけ姫」はジブリ・アニメの中でも、もっとも複雑で、難しいと感じられる作品だろう。
一回見ただけでは、あらすじさえはっきりわからない。
アシタカ、サン、エボシ、ジゴ坊、ヤマイヌやイノシシの神等の関係も入り組んでいる。
シシ神が善と悪の二面性を持つのも不思議に思われる。
最後にアシタカはサンと別れ、エボシの村に暮らすと言う。なぜサンと一緒に再生した自然の中で暮らさないのか。
シシ神の森は破壊され、別の自然が姿を現す。それを自然が再生したと考えるか、最初の自然は死んだので再生とは考えないのか。
こうして、疑問が次々に湧いてくる。

宮崎監督が最初に書いた企画書には、「いかなる時代にも変わらぬ人間の根源となるものを描く。」とあり、非常に大切なメッセージが込められていることがわかる。
物語の展開としては、縦糸が、「神獣シシ神をめぐる人間ともののけの戦い」。横糸は、「犬神に育てられ人間を憎む阿修羅のような少女と、死の呪いをかけられた少年の出会いと解放」。
しかし、こうした監督の意図を知っても、わかったという気持ちにはならない。

ところが、公開時の観客動員数は当時の日本記録を達成するほどで、大変な人気を博した。
そうしたことを知るにつけ、「もののけ姫」を理解したいという気持ちは強くなる。

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ジブリ・アニメの中の自然

ジブリのアニメの中で、自然が大きな役割を果たしていることはよく知られている。そこで、日本における自然の概念と合わせて、「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」を通して、宮崎駿監督の描く自然について考えてみよう。

宮崎監督は、「海外の記者が宮崎駿監督に問う、『もののけ姫』への四十四の質問」と題されたインタヴューの中で、アニメの中の自然はについて、次のように答えている。

現実の森を写生したものではなく、日本人の心の中にある、古い国が始まる時からあった森を描こうとした。(『ジブリの教科書10 もののけ姫』)

心の中にある森は、日本人の信仰とも関係している。

日本人の神様ってのは悪い神と善い神がいるというのではなくて、同じひとつの神があるときには荒ぶる神になり、あるときには穏やかな緑をもたらす神になるというふうなんですね。日本人はそういうふうな信仰心をずっと持ってきたんですよ。しかも、現代人になったくせにまだどこかで、いまだに足を踏み入れたことのない山奥に入っていくと、深い森があって、美しい緑が茂り、清らかな水が流れている夢のような場所があるんじゃないかという、そういう感覚をもっているんですね。そして、そういう感覚を持っていることが、人間の心の正常さにつながっているような気がしています。(・・・)それは一種の原始性かもしれませんが、人間が生きるために自然環境を保護しようという以前に、自分たちの心の大事な部分に森の持つ根源的な力みたいなものが生きている民族性でもあるんですよ。(『清流』1997年8月号)

そうした森や自然が、ジブリ・アニメの中ではどのように描かれているのだろうか。

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自然と人間 『源氏物語絵巻』の「御法」とフラ・アンジェリコの「受胎告知」

源氏物語絵巻の「御法(みのり)」とフラ・アンジェリコの「受胎告知」は、時代も国も主題も全て異なっているが、右側に家屋の内部が描かれ、左側には庭が描かれている点では共通している。

興味深いことに、二つの庭の草花の役割はまったく異なっている。そこから、日本的な感受性と、ヨーロッパ的な感性の違いを読み取ることができる。

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和様式の美の形成 飛鳥時代から平安時代へ

日本の美と感じられる美が出来上がったのは、縄文、弥生、埴輪時代の後のことになる。6世紀半ばに仏教が伝来して以来、飛鳥時代から平安時代末期まで(538-1192)の約650年の間、大陸から移入された仏教美術が圧倒的な流れとなって押し寄せてきた。それは、寺院、彫刻、絵画、工芸品等、全てを含む総合芸術だった。
その受容を通して、飛鳥、白鳳、天平、貞観、藤原、院政まで、朝鮮、中国とは違う美が生まれた。万葉仮名から平仮名が作られ、和歌が生まれ、大和絵や絵巻物等が誕生したのだった。それと同じように、仏教芸術にも和のテーストが付け加えられていった。

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