日本の美 平安時代 その3 『古今和歌集』自然と人間

平安時代は総合芸術の時代だといえる。
貴族たちは、書院造りの住居に住み、内部に置かれた障子や屏風に描かれた絵画に囲まれて日々を過ごした。その絵画は、和歌を素材にして描かれるものもあれば、逆に絵画を題材とした和歌も作られた。
室内では、美しい装束を纏い、仮名による物語が語られ、歌合、絵合等の遊びが行われる等、耽美主義的な生活が繰り広げられた。

10世紀以降になると、大陸文化の和様式化が進み、京都という閉鎖された空間で、少数の貴族達が宮廷生活を送る中、新しい美の感受性が確立していったと考えられる。

そうした中で、905年に、後醍醐天皇の勅令により紀貫之たち編者が編集した『古今和歌集』は、大きな役割を果たした。
ここでは、和歌を通して見えてくる人間と自然の関係について考えてみよう。

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ネルヴァル 「監獄の中庭」 Gérard de Nerval « Cour de prison » 監禁の中で自然を感じる感受性

ジェラール・ド・ネルヴァルは19世紀前半のパリの詩人だが、豊かな自然に満ちたヴァロワ地方を愛し、都会の喧噪で疲れた心を田舎の自然で癒すこともあった。

そんな詩人の若い頃の詩に、「監獄の中庭(Cour de prison)」がある。
1830年の7月革命のすぐ後、サント・ペラジー(Sainte-Pélagie)という監獄の中に閉じ込められた時のことを歌った詩。
ネルヴァルという詩人の繊細な感受性がとてもよく感じられる。

現実世界の政治に対しては皮肉な眼差しを投げかける。肉体は閉鎖空間に閉じこもることを強いられることもある。
そんな中でも、精神は自由に動き、僅かな自然の気配を心で感じる。
それがネルヴァルなのだ。

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ラ・フォンテーヌ 「狼と犬」 La Fontaine « Le Loup et le Chien » 自由からありのまま(naturel)へ

イソップ寓話の「狼と犬」は日本でも比較的よく知られている。
犬は、束縛されてはいるが、安逸な生活を送る。
狼は、自由だが、いつも飢えている。
そして、イソップ寓話では、狼が体現する自由に価値が置かれる。

17世紀のフランスのサロンや宮廷は、「外見の文化」の時代。
貴族たちは、社会の規範に自分を合わせないといけないという、強い束縛の中で生きていた。服装や振る舞いが決められ、逸脱したら社会から脱落することになる。
そうした束縛が支配する場で、「狼と犬」の寓話を語るとしたら、どんな話になるだろうか。

言葉遣いの名手ラ・フォンテーヌの「狼と犬」では、教訓は付けられていず、「狼は今でも走っている。」という結末。
そこで、読者は、自分で教訓を考える(penser)ように促されることになる。

束縛ではなく自由を選ぶと言うことはたやすい。
しかし、実際に自由に生きることは簡単ではない。そのことは、ルイ14世の宮廷社会に生きる貴族たちも、21世紀の日本を生きる私たちも、よくわかっている。

ラ・フォンテーヌの寓話は、最初から決まった結論に読者を導くよりも、「考える(penser)」ことを促す。その意味では、デカルトやパスカルと同じ17世紀フランスの「考える」文化に属している。

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かぐや姫の物語 自由と自然 Le conte de la Princesse Kaguya liberté et nature

高畑勲監督が2014年に発表した「かぐや姫の物語」は、スタジオジブリの作品としては、まったくヒットしなかった。
同じ年に公開された宮崎駿監督の「風立ちぬ」が810万人(興行収益120億円)だったのに対して、「かぐや姫の物語」は185万人(25億円)だったと言われている。

フランスで公開された時には、芸術性が優れているという点で評価が高く、日本でも一部からは優れたアニメとして認められている。しかし、人気は出なかった。その理由はどこにあるのだろうか。

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自然に還る retour à la nature

10月26日、20時のニュースで、自然の中でリラックスするというニュースをしていました。
そのモデルとして、日本の様子紹介しています。

Vacances : les Français se rapprochent de la nature

https://www.francetvinfo.fr/societe/vacances-les-francais-se-rapprochent-de-la-nature_3676665.html

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クローデルと日本の美 Paul Claudel et la beauté japonaise

ポール・クローデルは、1923年、日光で、日本の学生達に向けた講演を行った。その記録が、「日本の魂を一瞥する(Un regard sur l’âme japonaise. Discours aux étudiants de Nikkô)」として、『朝日の中の黒い鳥(L’Oiseau noir dans la soleil levant)』に収められている。

彼の日本に対する観察眼は大変に優れたもので、日本人として教えられることが多い。その中でも、日本的な美として二つの流れを感じ取り、ヨーロッパ人にはわかりにくい美を具体的に解説している部分はとりわけ興味深い。

一つの流れは、浮世絵に代表されるもの。
もう一つは、高価な掛け軸としてクローデルが分析の対象としているもの。

喜多川 歌麿、納涼美人図
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ヴィクトル・ユゴー 「影の口が言ったこと」 Victor Hugo « Ce que dit la bouche d’ombre » 自然の中の人間

ヴィクトル・ユゴーは降霊術に凝っていて、回るテーブルを囲み、霊とモールス信号のような交信をしていたことが知られている。
「影の口が言ったこと」 の影の口(la bouche d’ombre)というのは、その霊の口だろう。
ユゴー自身のイメージでは、ドルメンなのかもしれない。彼が描いた絵が残っている。

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ヴィクトル・ユゴー 「この花をあなたのために摘みました」 Victor Hugo « J’ai cueilli cette fleur pour toi… » 人間と自然と愛と

「この花をあなたのために摘みました」(« J’ai cueilli cette fleur pour toi… »)は、ヴィクトル・ユゴーが愛人のジュリエット・ドルエに捧げた詩。
詩の最後に、「サーク島、1855年」と記されているが、原稿は1852年の日付があり、詩の背景となったのは、ユゴー一家が亡命したばかりのジャージー島だと思われる。

ユゴーは、その島の中を散策し、海に突き出た岬で見つけた花を詩の中心に据え、ジュリエットへの愛を歌った。

その詩の中で描かれる自然は、ユゴーの世界観を密かに垣間見させてくれる。

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ヴィクトル・ユゴー 「若い時の古いシャンソン」 Victor Hugo « Vieille chanson du jeune temps » 初恋の想い出と恋する自然 ロマン主義から離れて

1802年に生まれ、1885年に死んだヴィクトル・ユゴーは、19世紀の大半を生き、『ノートルダム・ド・パリ』や『レ・ミゼラブル』といった小説だけではなく、数多くの芝居や詩を書き、フランスの国民的作家・詩人と考えられている。

「若い時の古いシャンソン(Vieille chanson du jeune temps)」は、1856年に出版された『瞑想詩集』に収められ、1820年代に始まったフランス・ロマン主義に基づきながら、その終焉を告げ、新しい時代の感性を示している。

また、その詩の中では自然が恋愛と関連して重要な役割を果たしているが、その感性は、日本的な自然に対する感性とはかなり違っている。自然を巡る二つの感性を知る上でも、「若い時の古いシャンソン」は興味深い詩である。

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「となりのトトロ」 夢だけど夢じゃない世界 トトロのいる自然

「となりのトトロ」は、ジブリ作品の中で最も平和で、戦うシーンは一つもなく、何も特別な事件は起こらない。

父と二人の娘が田舎の一軒家に引っ越してきて、入院している母の帰りを待ちわびているだけの物語。

唯一大きな出来事は、4歳の妹が、遠くにある病院にトウモロコシを届けたくて、迷子になってしまうことだけ。

映画の大半は、トトロというお化けとの出会いを空想するメイとさつき姉妹の日常生活の描写に費やされる。

そんな単純で単調なはずのアニメのどこに、これほど観客を虜にする魅力があるのだろうか。

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