マラルメ 「エロディアード 舞台」 Mallarmé « Hérodiade Scène » 言語と自己の美的探求 5/7

Jean Raoux, Femme à sa toilette

エロディアードが乳母に「私、きれい(Suis-je belle ?)」と問いかける言葉で、「エロディアード」という詩のテーマが明確にされた。
マラルメが詩の効果として追求するものは、「美」なのだ。

では、姫の問いかけに、乳母は何と応えるのだろう。

              N.

                              Un astre, en vérité :
Mais cette tresse tombe…

         N. (乳母)

                     星のように、本当に。
でも、この御髪が落ちかかっていらっしゃいます。

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マラルメ 「エロディアード 舞台」 Mallarmé « Hérodiade Scène » 言語と自己の美的探求 3/7

Filippo Lippi, Fête de Herode

8行目の詩句の最後の4音節は、次の行に移る。
芝居のセリフではよくあるが、マラルメはその技法によって、« Par quel attrait »というキーになる詩句を、目に見える形で強調する。

Par quel attrait
Menée et quel matin oublié des prophètes
Verse, sur les lointains mourants, ses tristes fêtes,
Le sais-je ? tu m’as vue, ô nourrice d’hiver,
Sous la lourde prison de pierres et de fer
Où de mes vieux lions traînent les siècles fauves
Entrer, et je marchais, fatale, les mains sauves,
Dans le parfum désert de ces anciens rois :
Mais encore as-tu vu quels furent mes effrois ?

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マラルメ 「それ自身の寓意的ソネ」 Mallarmé « Sonnet allégorique de lui-même » マラルメの詩法(2/2)

1887年に出版された「純粋なその爪が」(«Ses purs ongles»)には、それ以前に書かれた原形の存在が知られている。
1868年7月、友人のアンリ・カザリスに宛てて送られた、「それ自身の寓意的ソネ」(« Sonnet allégorique de lui-même »)である。

実際、二つの詩の間では共通の単語が用いられ、構文が類似している詩句もある。しかし、その一方で、違いも大きい。
マラルメの初期の時代の詩法を知り、後期の詩法との違いを知ることは、19世紀後半のフランス詩全体の動きを知る上でも興味深い。

幸い、1867年の詩に関しては、マラルメのいくつかの証言が残されている。それに基づきながら、彼が何を考え、どのように表現したのか、探っていこう。

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マラルメ YXのソネ 「純粋なその爪が・・・」  Mallarmé, Sonnet en YX  « Ses purs ongles … » マラルメの詩法(1/2)

マラルメの詩は難しくて、何を意味しているのかわからないことが多くある。
その一方で、声に出して読むと、大変に美しい。

この特色は、一つの視点から見ると、日本の書道に似ている。
しばしば書いてある文字が何を意味しているのか分からない。
しかし、文字の映像としては、とても美しい。

西本願寺本三十六人家集、源重之集

例えば、平安時代に流行した和歌集冊子「西本願寺本三十六人家集、源重之集」の一部を見てみよう。
四季の草花や風景を繊細に描いた文様を施された料紙に、仮名文字で和歌が綴れている。

えだわかぬ はるにあへども むもれ木は
もえもまさらで としへぬるかな

現代の私たちはこの仮名文字をほぼ読むことができないが、とても美しいと感じる。意味でははく、文字の造形性が、美を生み出している。

マラルメの詩句では、文字の映像ではなく、音楽性が美を生み出す主要な要素として機能する。

こうした美のあり方を前提にして、マラルメが自己の詩法を表現したと見做される、YX(イクス)のソネ「純粋なその爪が」の読解にトライしてみよう。

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