17世紀オランダの絵画の中で日本で最も人気が高いのはフェルメール。その一方で、年代的にはフェルメールにわずかに先立つヤコブス・ヴレル(Jacobus Vrel)は、ほとんど無名に留まっている。
ヤコブス・ヴレルが手がけたのは室内や街角を描いた風俗画で、似通った光景が描かれている。そこでは細部まで驚くほど繊細に描かれ、静謐な場面からは画家の慈愛が感じられる
「窓辺の女性」と「窓辺で少女に手をふる女性」の二枚を見てみよう。


どちらの絵画も室内が精密に描かれ、17世紀オランダの風俗 — 女性の服、室内の様子、とりわけ幾何学的に整えられた窓枠など — がリアルなタッチで描かれている。
また、どちらにも動きがなく、音が聞こえず、静謐な雰囲気を醸し出している。
そうした中で、私が最初に感激したのは、「窓辺で少女に手を振る女性」の中で、窓の向こうにいる子供の姿に気づいた時だった。

子供の顔が本当に窓の向こう側にあると思わせる画家のテクニックの素晴らしさに驚くだけではなく、その顔があることによって、小さな女の子に手をふる女性の後ろ姿が愛情たっぷりに見えてくる。
一枚の絵ががそのように見えてくると、もう一枚の絵に描かれた、窓から身を乗り出す女性も、通りを歩く知り合いに声を掛けているようにも見え、大変に生き生きとした姿に感じられる。
「暖炉の近くに病気の女性がいる室内」と「室内の女性」でも、全体の静謐な雰囲気から、描かれる対象に対する画家の慈愛が感じられる。




ガラス製品が光を反射して静かに輝いている様子、小さな暖炉の火、気持ちよさそうに眠る二匹の猫、椅子の編み込み、などなど、何一つ疎かに描かれたものはない。
室内から窓の外を眺めている様子の女性も、病気のために暖炉の近くで休んでいる女性も、こうした室内の中で心静かに安らいでいることが、ひしひしと伝わってくる。
ヤコブス・ヴレルのもう一つの対象が、街角の風景。
「活気ある通りの情景」でも「街の眺め」でも、幾何学的な建物の中に人々が点在し、不動の街並みに生命感を生み出している。




街並みのリアルさは、建造物だけではなく、細部までしっかりと描かれた石畳の石によって生み出されている。
その一方で、人々の生命感は、彼らの体のわずかな傾きによって、表現される。
彼らは本当に言葉を掛け合い、その言葉に反応して体を前に傾けたりしているようだ。
これらの情景に雑踏の騒がしさはなく、室内画と同様の静かさが感じられると同時に、何事もなく日々の生活を生きる人々に対する画家の愛情ある視線が感じられる。
ヤコブス・ヴレルの絵画は40数点しか残されていないらしいのだが、ここに紹介した6枚からでも、彼が静謐と慈愛の画家であることを感じ取ることができる。
日本ではほとんど知られていない素晴らしい画家。そんな画家を発見することも、絵画を見る楽しみの一つだといえる。