フロベール 『ボヴァリー夫人』冒頭 その2 Flaubert, Madame Bovary, incipit, 2/3

新入生の描写が終わると、また物語が展開し始める。

On commença la récitation des leçons. Il les écouta de toutes ses oreilles, attentif comme au sermon, n’osant même croiser les cuisses, ni s’appuyer sur le coude, et, à deux heures, quand la cloche sonna, le maître d’études fut obligé de l’avertir, pour qu’il se mît avec nous dans les rangs.

教わったことの復唱が始まった。彼は耳を集中させてそれを聞いた。お説教を聞くみたいに注意をこらし、足を組みもせず、肘をつくこともなかった。2時になり、鐘が鳴った。その時、先生は、時間が来たことを知らせ、ぼくたちの並んでいる列に入るよう、促さないといけなかった。

復唱する主語として、フロベールは「ぼくたち」ではなく、一般的な人を指す« on »を使う。「ぼくたち」を使い続ける単調さを避けるためという理由もあるだろうが、先生が声を出して先導するという含みも持たせたと考えることもできる。
新入生も一緒に声を出したかもしれない。

続きを読む

フロベール 『ボヴァリー夫人』冒頭 その1 Flaubert, Madame Bovary, incipit, 1/3

Eugène Giraud, Gustave Flaubert

ギュスターブ・フロベールの『ボヴァリー夫人』は、レアリズム小説の代表的な作品と言われると同時に、19世紀後半以降の文学や芸術の源流の一つとも考えられている。実際、そのどちらの面も兼ね備えているが、それ以上に、素晴らしい文章が織りなす小説世界は、傑作中の傑作と断言できる。
冒頭の一節(incipit)を読みながら、その魅力を実感してみよう。

続きを読む

芸術作品の解説は必要か

Piet Mondrian, Composition avec rouge, bleu et jaune

絵画でも音楽でも、見たり聞いたりするだけでいい。頭で理解しようとすると、美が失われてしまう。

知的な解釈は、感覚的に感じ取る美を妨げ、素直に楽しむのを妨げる。

映画にしても、詩や小説でさえ、そのように言われることがある。

2019年度のバカロレア(L)での哲学の試験問題の一つは、「芸術作品を解説して何の役に立つのか」というものだった。

続きを読む

ジャズ・ピアノの精髄 ミッシェル・ペトルチアーニのソロ  Michel Petrucciani au théâtre des Champs-Elysées

ミッシェル・ペトルチアーニはフランスで最高のジャズ・ピアニストでした。
彼の録音で最も白熱したものは、1995年にリリースされたシャンゼリゼ劇場でのライブ。
その中でも、40分以上にわたるMelody of my favorite songsは最高の演奏です。

先史時代のヴィーナスと20世紀芸術

2019年6月27日のFrance 2 20時のニュースで、先史時代の彫像と20世紀芸術についての紹介をしていた。

https://www.francetvinfo.fr/economie/emploi/metiers/art-culture-edition/sculpture-cette-venus-de-la-prehistoire-qui-a-revolutionne-l-art-du-xxe-siecle_3510891.html

Vénus de Lespugue
続きを読む

言葉の裏を読む 太宰治とラ・ロシュフコー

太宰治が『風の便り』という小説の中で、次のように書いている。

あいつは厭な奴だと、たいへんに好きな癖に、わざとさう言い変へているような場合が多いので、やり切れません。思惟と言葉との間に、小さな歯車が、三つも四つもあるのです。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/283_15064.html

言葉と気持ちの間にズレ(歯車)があるために、言葉の表面的な意味だけでは相手の本当の気持ちを知ることができない。
自分でも言いたいことがうまく言えないことがあるし、相手が嘘をついていることもある。だから、言葉だけでは信じられない。
本心を知りたいけれど、言葉を通して読み取った気持ちが本心かどうかはわからない。

こんな現代人の気持ちを、太宰治はとても上手に汲み取っているので、『斜陽』が今でも一番売れている小説なのだろう。

続きを読む

Motojiro KAJII, Sous les fleurs de cerisiers

Motojiro KAJII est un écrivain de la veine hybride du naturalisme et de l’expressionisme symboliste. Né à Osaka en 1901, ayant étudié dans le domaine scientifique, il s’en est éloigné pour se consacrer entièrement à littérature à force de lire Soseki Natsume, Jun’ichiro Tanizaki ou d’autres. 

続きを読む