
摩耶山・五鬼城展望公園のさらに先には、かつて「楽生神社(らくしょうじんじゃ)」があった。
六甲山・摩耶山の豊かな「水」への信仰を背景に、「水神(みずのかみ)」を祀る社として創建されたと伝えられている。山からの恵みへの感謝と水害防止を祈る場所であり、古くから地域の人々に守られてきた。
旧社地付近には、現在「観音寺堰堤(かんのんじえんてい)」が築かれており、古い石積みの土留めや、どこか厳かな雰囲気が今なお漂っている。

この堰堤は、昭和42年(1967年)7月の六甲豪雨による大水害の後、本格的な改築・整備が行われた。
コンクリート壁の表面に施された美しい石張りは、昭和中期の六甲山系における砂防工事の大きな特徴である。明治から大正期にかけて築かれた古い石造り堰堤の技術と美観を受け継ぎつつ、昭和の高度経済成長期以降のコンクリート技術を融合させて造られた。
地名の由来となった「観音寺」は、観音寺川(観音寺谷)を登った、現在の楽生公園跡や観音寺堰堤がある鬱蒼とした森の周辺にあった。
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