「変なはなしだと思われるかも知れません。まったく変なはなしです。しかし、それを変だと思わないほど、ぼくは日常そのことに慣れっこになっていたんです。いや、そうじゃない。今でこそ変だといいますけど、そのときには別に何とも思っていなかったんです。」

これは、昭和13年(1938年)に発表された石川淳の「マルスの歌」に登場する人物の言葉だ。
後から考えればおかしい、あるいは間違っていたと思えることでも、その渦中にある時には慣れてしまっていて、変だと思うことも疑問を持つこともない。そうしたことはしばしばあるし、むしろそれこそが普通なのだろう。
逆に言えば、それほど当たり前だと思っていることや常識を問い返すことは難しく、さらに言えば、後から振り返って「変だ」「間違っている」と言い、過去の当たり前や常識を批判することほど易しいこともない。かつての当たり前を非難する際に「今の常識も実は変かもしれない」と疑うことは難しいのに対し、今の常識とは異なる過去のものを批判することは容易だからだ。
そうした視点から第二次世界大戦中の日本におけるヒトラー像を振り返ると、当時の日本の「当たり前」が見えてくる。
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