真理に達する道は一つではない — シンマクスによる多様性と寛容の勧め

「ただ一つの道によって、これほど大いなる神秘に到達することはできない。」

力で相手を打ち倒せばすべてが解決する、そんな発想からなのか、自己の正義を振りかざした戦争という愚かな暴力が、いまも世界各地で繰り返されている。
だからこそ、この言葉はいっそう強く心に響く。

Nous contemplons les mêmes astres, le ciel nous est commun, le même univers nous enveloppe.
Qu’importe par quelle sagesse chacun cherche la vérité ?
On ne peut parvenir par un seul chemin à un si grand secret.

私たちは同じ星を仰ぎ見ている。空はすべての人に共通であり、同じ宇宙が私たちを包んでいる。
いったい何が重要だろう、どのような叡智によって、人それぞれが真理を求めるのか、ということが。
ただ一つの道によって、これほど大いなる神秘に到達することはできない。

英語だとこんな風に訳される。

We look up at the same stars; the sky is common to us all; the same universe encompasses us.
What does it matter by what path each of us seeks the truth?
We cannot arrive at so great a secret by one route alone.

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坂口安吾 文学のふるさと — 「救いがないこと自体が救い」という逆説

坂口安吾の作品を読んでいると、残酷な場面の後にも救いが示されず、ハッピーエンドにも至らないため、読者である私たちはしばしば途方に暮れてしまう。読み終えた後にもカタルシスがない。それでもなお、彼の作品をつい読んでしまうのはなぜだろうか。

その問いに対して、坂口安吾自身が答えてくれているかのようなエッセーがある。それが、1941年に発表された文学論「文学のふるさと」だ。

このエッセーの冒頭で、安吾はフランスの作家シャルル・ペローの「赤ずきん」を取り上げる。そこでは、少女が狼に食べられたところで物語が終わり、狩人による救出劇は存在しない。人間が狼にむしゃむしゃと食べられる場面で物語は閉じられ、そこには救いがない。

安吾は、「救いのなさこそが救いである」という逆説的な議論を展開し、そこに「文学のふるさと」を見出す。その展開の中で、『伊勢物語』第六段「芥川」を取り上げている。

ここでは、愛する女が鬼に食べられて終わるという、救いのない「芥川」の物語を辿りながら、坂口安吾の文学観について考えてみたい。

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能ある鷹は爪を隠す — 文化の違いを楽しむ

「能ある鷹は爪を隠す」という諺をフランス語に訳すとどうなるか考えていて、日本とフランスの文化、あるいは日本的精神とフランス的精神の違いに思いを巡らせることがあった。

日本語をフランス語に直訳すれば、« Le faucon talentueux cache ses serres. »

では、このフランス語の単文がフランスの文化の中で、日本語の諺が意味する「本当に力のある人間はそれを見せびらかすことなく謙虚に振る舞う」といったニュアンスを伝えるだろうか?
問題は、「隠す」という言葉がどのように受け取られるかにかかっている。

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AIを活用して「考える力」を育てる  —— 対話する技術

ChatGPT、Gemini、Claudeといった生成AIを使っていると、それぞれの個性に面白みを感じる一方で、その論理展開の精密さには驚かされる。人間を凌駕するほどの論理性を備えたこれらのツールが、極めて有用であることは疑いようもない。

しかし、その一方で危急の課題もある。
AIはこちらの問いかけの先を行く回答をスムーズに提示するため、油断するといつの間にかAIが示す方向へと、こちらの思考が引き寄せられてしまいそうになるのだ。

では、私たちはどのようにして自らの思考の主体性を保ちながら、AIの論理力を利用すればいいのか。少々矛盾するようだが、その術(すべ)をGeminiに問いかけてみた。

AIの論理の展開力は、普通の人間のレベルを超えているように思います。一般の人々が、どのように利用すれば、自分の思考を保ちながら、AIの論理展開力を利用できるでしょうか。

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坂口安吾 「桜の森の満開の下」フランス語訳の試み その4 Ango SAKAGUCHI , « Sous la pleine floraison de la forêt de cerisiers», essai de traduction -4

女は大変なわがまま者でした。どんなに心をこめた御馳走をこしらえてやっても、必ず不服を言いました。彼は小鳥や鹿をとりに山を走りました。猪も熊もとりました。ビッコの女は木の芽や草の根をさがしてひねもす林間をさまよいました。然し女は満足を示したことはありません。

 La femme était extrêmement égoïste. Même si on lui préparait de délicieux repas avec tout son cœur, elle ne manquait pas d’exprimer son mécontentement. Lui courait dans la montagne pour capturer de petits oiseaux et des cerfs. Il attrapait aussi des sangliers et des ours. Quant à la femme boiteuse, elle errait dans les bois tout le jour, cherchant des bourgeons d’arbres et des racines. Et pourtant, la femme ne montra jamais aucun signe de satisfaction.

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高村光太郎  「火星が出てゐる」 自(おの)ずから然(しか)るの思想

高村光太郎の詩といえば、「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出來る」(「道程」)や、「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ。」(「あどけない話」)といった詩句をまず思い出す。「火星が出てゐる」は、それらに比べるとあまり知られていないかもしれない。

しかし、彫刻を学ぶために米英仏へ留学し、西欧的な芸術観を身につけた一人の人間が、ふとした折に立ち止まり、何かを決断しようとするとき、日本的な思考が強くしみ出してくる。その様子が描かれているという点で、この詩はとても興味深い。

そのキーワードは、「自(おの)ずから然(しか)る」である。この言葉は、現代を生きる私たちにとっても大切な響きを持っており、「生の指針」ともなり得る。

火星が出てゐる。

要するにどうすればいいか、といふ問いは、
折角たどった思索の道を初にかへす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。
待つがいい、さうして第一の力を以て、
そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思ふのは卑しい。
正しい原因に生きる事、
それのみが浄い。
お前の心を更にゆすぶり返す為には、
もう一度頭を高くあげて、
この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
あの大きな、まっかな星を見るがいい。

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坂口安吾 「桜の森の満開の下」フランス語訳の試み その3 Ango SAKAGUCHI , « Sous la pleine floraison de la forêt de cerisiers», essai de traduction -3

七人の女房は今迄に見かけたこともない女の美しさに打たれましたが、女は七人の女房の汚さに驚きました。七人の女房の中には昔はかなり綺麗な女もいたのですが今は見る影もありません。女は薄気味悪がって男の背へしりぞいて、
「この山女は何なのよ」
「これは俺の昔の女房なんだよ」
と男は困って「昔の」という文句を考えついて加えたのはとっさの返事にしては良く出来ていましたが、女は容赦がありません。
「まア、これがお前の女房かえ」
「それは、お前、俺はお前のような可愛いい女がいようとは知らなかったのだからね」
「あの女を斬り殺しておくれ」
 女はいちばん顔形のととのった一人を指して叫びました。

Les sept épouses furent frappées par la beauté de la femme, une beauté qu’elles n’avaient jamais vue jusque-là, tandis que la femme fut surprise de la laideur des sept épouses.

Parmi elles, il y en avait qui, autrefois, avaient été assez jolies, mais à présent, elles n’étaient plus que l’ombre d’elles-mêmes. 

Saisie d’un malaise, la femme se recula derrière le dos de l’homme et dit :

« Qu’est-ce que c’est que ces femmes de la montagne ? »

« Ce sont mes anciennes épouses », répondit l’homme, embarrassé. Avoir ajouté ce mot “anciennes” n’était pas mal pour une réponse improvisée, mais la femme ne le ménagea pas.

« Ah bon, ce sont donc tes épouses ? »

« C’est que, vois-tu, je n’avais pas su qu’il puisse exister une femme aussi charmante que toi. »

« Tue-moi celle-là d’un coup de sabre », cria la femme en désignant du doigt celle dont les traits étaient les plus réguliers.

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坂口安吾 「桜の森の満開の下」フランス語訳の試み その2 Ango SAKAGUCHI , « Sous la pleine floraison de la forêt de cerisiers», essai de traduction – 2

山賊は女の亭主を殺す時から、どうも変だと思っていました。いつもと勝手が違うのです。どこということは分らぬけれども、変てこで、けれども彼の心は物にこだわることに慣れませんので、そのときも格別深く心にとめませんでした。

Le brigand, dès le moment où il tua le mari de la femme, eut le sentiment que quelque chose clochait.

Tout se passait différemment de d’habitude.

Il ne savait pas précisément quoi, mais c’était étrange ; pourtant, comme il n’était pas habitué à s’attarder aux choses, il ne le prit pas particulièrement à cœur, même sur le moment.

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