ネルヴァル 「ノートルダム・ド・パリ」 Nerval  « Notre-Dame de Paris »

ジェラール・ド・ネルヴァルが「ノートルダム・ド・パリ」(Notre-Dame de Paris)という短い詩を発表したのは、1832年のことだった。ヴィクトル・ユゴーが歴史長編小説『ノートルダム・ド・パリ』を出版した1831年の翌年である。

今では想像しにくいことだが、当時のノートルダム大聖堂は、廃墟のような状態にあった。
というのも、1789年のフランス革命に続く混乱の中で、ノートルダム大聖堂も襲撃を受け、歴代の王の彫像をはじめ、数々の彫刻や装飾が破壊されていたからである。

その後、1804年にナポレオンの戴冠式が行われた際には、内部が石灰で白く塗られ、装飾が施されるなどした。
しかし、1830年の7月革命の頃には、取り壊しが検討されるほどの状況になっていた。

そうした中で、ヴィクトル・ユゴーは、ノートルダム大聖堂そのものを主役にしたと言ってもいい小説を発表し、人々の熱狂を引き起こすことに成功したのである。(参考:ヴィクトル・ユゴー 『ノートルダム・ド・パリ』―ロマン主義的創造主 2/3

当時、ネルヴァルは、ユゴーを中心としたロマン派の文学グループの一員でもあり、ユゴーの小説がやがてノートルダム大聖堂の復興に大きな役割を果たすことになると予言するかのような詩を発表したのだと考えられる。

Notre-Dame est bien vieille : on la verra peut-être
Enterrer cependant Paris qu’elle a vu naître ;
Mais, dans quelque mille ans, le Temps fera broncher
Comme un loup fait un bœuf, cette carcasse lourde,
Tordra ses nerfs de fer, et puis d’une dent sourde
Rongera tristement ses vieux os de rocher !

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平和ぼけ、お花畑、ポエム — 日本人のDNAは平和の精神

日本の歴史を振り返ったとき、663年の白村江の戦いから1894年の日清戦争まで、約1200年の間、日本が外国へ軍を派遣して戦争を行うことは、ほとんどなかった。16世紀末に豊臣秀吉が朝鮮半島へ出兵したことは、唯一といっていい例外だった。

国内においては、672年の壬申の乱、12世紀末の平家と源氏の戦い、戦国時代など、いくつかの大きな戦乱があった。しかし、江戸時代の約260年間には、徳川幕府の統制によって大名同士が戦争をすることはなく、いわば「パクス・トクガワーナ」とでも呼べる時代が続いた。

日本が外国に進出して戦争を行ったのは、1894年の日清戦争から、第二次世界大戦が終結した1945年までの約50年間だったといえる。

そして1945年以降、日本は再び対外戦争を行わない時代に入った。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争などにおいても、日本が直接の戦争当事国として参戦することはなく、2026年までこの状態を維持してきた。

このように振り返ってみると、日本は飛鳥時代から現在まで、明治から昭和にかけての約50年間を除けば、外国へ軍を派遣して戦争を行うことが比較的まれだった国だといえる。その意味で、日本人のDNAには、「平和の精神」が刻み込まれているといってもいいだろう。そして、そのことは、日本が世界に誇ることのできる最も大きな美徳の一つだと言っても、決して間違いではない。

もちろん、ここでいう「DNA」は生物学的な意味ではない。長い歴史の中で形成され、日本人の社会や文化に深く刻み込まれた性質を、あえて「DNA」と呼んでいるのである。外国との大規模な軍事的対立を繰り返すことなく、戦争を避ける方向を選択してきた歴史的な知恵と伝統は、日本に深く根付いているはずだ。

ところが近年、外交努力によって平和を維持しようとする姿勢に対して、「平和ぼけ」「お花畑」「ポエム」といった言葉を投げかけ、軍事力を強化することこそがリアルな政策であるという主張が受け入れられる風潮が強まっている。

しかし、軍備の増強が、本当に戦争の抑止につながるのだろうか。リアルはいったいどちらの側にあるのだろう。

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情報操作の基本文法 — ロマンス詐偽・投資詐偽・霊感商法系の詐欺・架空請求詐偽、フェイクニュース、インフルエンサー

ロマンス詐欺・投資詐欺・霊感商法系の詐欺・架空請求詐欺といった各種の詐欺と、フェイクニュースやインフルエンサーを一列に並べると、一方は犯罪であり、他方は犯罪ではない活動であるため、同列に置くのは間違っていると思われるかもしれない。もちろん、健全な情報発信を行っているインフルエンサーも多く、これらを悪質性において同等とみなすわけではない。しかし、インターネットという仮想空間において、「感情を揺さぶり、受け手に情報を信じさせることで成立する経済活動」という点に注目すると、共通する情報伝達の仕組みが見えてくる。

そこでの「情報操作の基本文法」は、強い刺激によって感情を動かし、情報の真偽を検証するプロセスを省略させる心理状態を作り出すことである。そして、その結果として、情報の発信者と受信者の間に「閉じた仮想空間」が形成される。

その仮想空間の中で、発信者は、受信者が「真実性の錯覚」に陥るように導く。受信者は、心理的に外部からの情報を遮断し、発信者から与えられた情報以外を受け入れにくい状態に置かれる。

その空間は、あくまでもネット上の「仮想」でありながら、ネットの向こう側では「現実」とつながっている。そのため、発信者が利益を得る一方で、情報に動かされた受信者が、金銭を失ったり、犯罪に巻き込まれたりする事態に陥ることもある。

情報操作の基本文法を理解しておくことは、「真実性の錯覚」に導かれることを避けるための、有効な防衛策となるはずである。

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ジャック・ボニ教授の語るネルヴァル

ジャック・ボニ教授は、ネルヴァルを純粋にひとりの「作家(écrivain)」として提示し、彼の紡いだ言葉を誠実に読み解こうとした研究者だった。
そのボニ教授が « Nerval, La folie d’écrire » と題してネルヴァルを語る映像は、まるで教授の講義を受講しているかのような臨場感をもたらしてくれる。

SNSからマスメディアへの情報拡散 — 大谷選手が熊本地震など3カ国の被災地へ100万ドル超えの寄付(?) — コタツ記事

大谷選手が熊本に20億円を寄付したという、出所不明でフェイクニュースと思われる情報が拡散したことについては、このブログですでに扱った。
「大谷選手ら熊本に20億円を寄付」と福岡県議会の高額海外視察 ―― 感情の消費から問題解決へ

その後、MLBアナリストのベン・バーランダー氏が14日(日本時間15日)、YouTubeとXで、大谷選手が、熊本地震を含む世界3カ所の災害への支援として、100万ドル(約1億6000万円)を超える金額を寄付していると聞いていると発信した。

I’m being told that once again Shohei Ohtani is stepping up for people and causes in need and is donating well over 7 figures to different organizations listed below:
– Venezuela Earthquake relief
– Canadian Wildfire relief
– Kumamoto Earthquake relief
All of his donations are going directly to those in need.
Incredible generosity from an incredible human being.

そして、前回の「20億円」情報とは異なり、今回は知名度のあるアナリストから発信された情報だったため、いくつかのスポーツメディア(日刊スポーツ、スポニチ、THE DIGESTなど)がバーランダー氏の情報を取り上げた。それらの報道は、バーランダー氏がそう伝えたという事実を報じたものではあるが、読者には、そこに書かれた寄付が実際に行われたかのように受け取られる可能性がある。

このことは、メディアとSNSの相互増幅を考える上で、重要なヒントを与えてくれる。

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「文明開化」は何をもたらしたのか 「認識の罠」から考える — 平和な日本のために

文明開化とは、明治時代に日本が欧米の文化を吸収し、江戸時代までの制度や習慣が大きく変化した現象を指す。一般的な歴史観では、文明開化は近代日本の発展につながったと考えられている。

その成功を象徴する出来事の一つが、第一次世界大戦後に成立した国際連盟において、イギリス、フランス、イタリアと並ぶ常任理事国となったことだといえる。1868年の明治維新からわずか50年ほどしかたっていない1920年(大正10年)に、日本は列強の一員となったのである。

そのときの日本人が抱いたプライドは、現代の日本人が「G7の一員であるアジア唯一の国」という表現から感じるプライド以上のものだったのかもしれない。

では、文明開化以前の日本は、封建制度のもとで身分制度などによって自由が制限され、欧米に比べて遅れた時代だったのだろうか。

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日本人の死後観 ご先祖様はどこにいるのか

日本人は、死後の世界をどんなふうに考えてきたのだろうか。

柳田国男は『先祖の話』の中で、次のように書いている。

第一に、死んだ後は、一人一人が別々の霊魂として存在するのではなく、ご先祖様全員の霊魂が一つの塊となっていると考えていたらしい。

以前の日本人の先祖に対する考え方は、(中略)、人は亡くなってある年限を過ぎると、それから後は先祖さま、またはみたま様という一つの尊い霊体に、融け込んでしまうものとしていたようである。

第二に、「みたま様」は、あの世に去るのではなく、ずっとこの世の近く、家族の側にいると考えていたらしい。

日本人の死後の観念、すなわち霊は永久にこの国土のうちに留まって、そう遠方へは行ってしまわないという信仰が、おそらくは世の始めから、少なくとも今日まで、かなり根強くまだ持ち続けられているということである。

私たちがお墓参りをして、ご先祖様の霊に手を合わせるのは、霊が安らかに眠ってほしいという願いもあるが、もう一つには、家族を見守り、幸せに暮らせるように守ってほしいという気持ちも含まれている。
それは、こうした日本人が古来から持ってきた信仰に由来しているのだろう。

すると、ふとこんな疑問が浮かんでくる。

自分が死に、お葬式をしてもらった後で、成仏して、極楽浄土に行くことはないのだろうか?

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ネット空間の「自由」とは何か — 空想世界と現実世界のあいだ

フランスで「15歳未満のSNS利用を禁止する法律」が成立したが、憲法評議会はこれを違憲として無効化した。15歳未満のSNS利用を一律に禁止することが、表現の自由に対する「不均衡な侵害」にあたると判断したからである。
https://www.lemonde.fr/pixels/article/2026/08/14/l-interdiction-des-reseaux-sociaux-aux-moins-de-quinze-ans-censuree-par-le-conseil-constitutionnel_6746255_4408996.html?srsltid=AfmBOoqEzStMYuLxHhk1bdzlW68G8s6-aVU0UnOd_YfINYrFYgltwAbr

日本でもこのニュースは伝えられたが、あまり大きな話題にはなっていないようだ。
「自由」の「規制」に対しては、何か大きな事件でも起こらない限り、社会が強く反応しないというのが、日本の一つの傾向なのかもしれない。加えて、現在ではマスコミもSNS上の言論を無視できない状況にある。そのため、SNSの規制をめぐる議論そのものを避けがちなのではないか、とも思われる。

しかし、ネット空間がこれほどまでに普及した現代において、「自由」という言葉について、改めて考えてみる必要があるのは確かである。
現実世界においても、すべてが自由なわけではなく、さまざまな禁止事項が存在する。表現の自由や言論の自由であっても、無制限に認められるものではないことは、誰もが認めるところだろう。
ネット空間においても、一定の「規制」が必要であることについては、異論はないと思われる。では、ネット空間に対しても、現実世界と同じような考え方、同じレベルの規制を適用すればよいのだろうか。

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8月15日 終戦までに何があったのか

毎年8月になると、6日は広島への原爆投下、9日は長崎への原爆投下、そして15日には終戦がニュースとして取り上げられ、「不戦の誓い」が繰り返され、戦争の惨禍が語られる。
ただし、そこに至るまでの過程については、断片的に語られることはあっても、歴史の流れの中に位置づけて理解されることは少ないのではないかと思われる。

ここでは、1945年に限定し、日本がどのような状況にあり、何が起こり、どのような判断を経て降伏が決断されたのかを、政治的な思想に左右されることなく、事実に沿ってたどってみたい。そうすることで、戦争の現実がよりはっきりと見えてくるだろう。

日本はドイツ・イタリアと三国同盟を結んだ枢軸国として、イギリス・アメリカ・フランス・中国・ソ連などの連合国と戦っていた。

しかし、1943年9月にはムッソリーニ政権下のイタリアが無条件降伏しており、1945年5月にはヒトラー政権下のナチス・ドイツが無条件降伏する。

日本でも、1945年2月、東京の南約1250キロの洋上に浮かぶ硫黄島がアメリカ軍の攻撃を受け、約2万人の守備隊はほぼ全滅した。その結果を受けて、日本の大本営は硫黄島守備隊の玉砕を発表した。「コノ硫黄島守備隊ノ玉砕ヲ、一億国民ハ模範トスヘシ。」

当時の日本国内では、軍部や政府だけでなく、議会やマスコミ、さらには国民の多くも、アメリカ軍との戦いを前にして、「徹底抗戦」「本土決戦」「一億玉砕」といったスローガンを叫ぶ雰囲気に包まれていた。硫黄島守備隊の玉砕は、一億国民の「模範」とされたのである。

ちなみに、当時の日本列島の人口は約7000万人であり、「一億」という数字は、日本の植民地だった満洲、朝鮮半島、台湾、内南洋など、日本本土以外の地域の居住者(その多くが朝鮮人や台湾人だった)を含めた人口を指していた。

ここから、1945年2月以降の出来事を、年表風に見ていくことにしよう。
(空爆による死者数については、統計により差があるために、未来に残す戦争の記憶というサイト(https://wararchive.yahoo.co.jp/history/)の数字を記すことにする。

また、確実な日付を跡づけできないためにリストに記すことができないのだが、京都府各地に50回以上の空爆があり、400人以上(諸説あり)が犠牲になったという。「京都は空襲を受けなかった」という俗説は、戦後に流れた偽りの情報だということがわかる。

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フェイクニュース対策 — 受信・発信・プラットフォームの三極構造

2026年7月末に起こった熊本地震に関して、信じがたいほど悪意に満ちたフェイクニュースが溢れている。なぜこれほどまでに、と思わずにはいられないが、こうした状況はもはや現代病ともいえ、対処が極めて難しい。

そのことを私が痛感したのは、次のような経験からだった。
「大谷、20億円寄付」というニュースを取り上げ、裏付けとなる情報源が確認できず、フェイクニュースである可能性が高いことを指摘するとともに、情報源を確認する必要性を訴える記事を書いた。その記事への反応は、私のブログでは異例と言えるもので、わずか5日間で閲覧数が17,000回以上に達した。

その一方で、フェイクを鵜呑みにせず、事実確認の大切さを説く記事、たとえば「なぜ人は『事実』より『理由』を求めてしまうのか――陰謀論の心理学」は、掲載を始めた3月から現在(8月)までの5ヶ月間の累計で46回の閲覧にとどまっている。

5日間で17,000回と約350日で46回という数字の差は、フェイクニュース流通の現状と、フェイクを見分ける情報リテラシーを育てることの難しさを、何より雄弁に物語っているように思えてならない。

今回は、フェイクニュース対策について、情報を受け取る側と、それを発信する側という二つの側面から考えてみたい。
発信する側とは、フェイクを流す発信者だけでなく、その拡散の場となるプラットフォーム、そしてそれを運営する巨大IT企業も含んでいる。

私には、この問題は麻薬の消費者と密売組織の関係に、需要と供給が互いを強化し合うという点で、似た構造があるように見える。麻薬を常習する人間に麻薬をやめさせることは難しく、密売組織を摘発し撲滅することも難しい。
しかし、フェイクニュースには麻薬のような犯罪性がないだけに、その解決は一層難しいといってもいいかもしれない。

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