日本語 擬音語・擬態語

日本語の豊かさの一つに、擬音語や擬態語が数多いということがあげられる。雨が降るときの表現として、シトシト、ザーザー、ポツポツ、パラパラ、ショボショボが付け加えるだけで、実感が湧いてくる。

擬音語や擬態語は、動詞や形容詞が表現する状態に具体性を与え、より詳しく、活き活きとした感じを生み出す働きをする。
その理由はどこにあるのだろうか。

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日本語 主語と抽象性

日本語の文章では、主語は必ずしも必要とされない。そのことを示す最も有名な例は、川端康成の『雪国』の冒頭の一節だろう。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

国境を越えたのが誰なのか、何なのか、わからない。しかし日本語としては十分に理解可能だし、美しい。

他方、英語やフランス語に訳す場合、どうしても主語をはっきりさせないと文章を構成することができない。主語、動詞、そして多くの場合目的語があって初めて文章が成立する。

この違いはどこからくるのだろうか。

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日本語 私とあなた  I and you

日本語の一人称、二人称の代名詞は、とても特殊である。
英語であれば、自分は« I »、相手を « you »と言うだけ。いつでもどこでも共通である。
日本語ではそうはいかない。相手によって、自分のことを、私、ぼく、先生、お父さんと言ったりする。相手に向かって、君とかあなたと言うことはまれで、お母さん、奥さん、おばちゃんと言ったりもする。

日本語を母語とする人間は、そうした複雑な代名詞を自然に使い分けている。
その理由は、日本語がウチの言葉だというところから来ている。

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ルソーの夢想 自然との一体化 Jean-Jacques Rousseau et ses rêveries

ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)は、最晩年に、『孤独な散歩者の夢想』(Rêveries du promeneur solitaire)という作品を執筆した。それは、自分の生涯を赤裸々に語る『告白』(1782-89)の後に書かれ、過去を振り返りながら、自己の内面の動きを綴ったものだった。

この作品の「第5の散歩」の章では、人々から迫害されたルソーが、スイスのビエンヌ湖(Lac de Bienne)にあるサン・ピエール島(île de Saint-Pierre)に滞在し、湖の畔で夢想にふける場面が描かれている。
そこで彼は、波の音と自分の心臓の鼓動が一つになり、至福の時を体験する。

それは、自己と自然が一体化し忘我に達する瞬間であり、その体験が非常に美しい文章で描かれている。音楽性も大変に優れていて、スイスの湖の畔に座る「私」の心の鼓動と波の動きが重なり合う波長が、文章のリズムによって見事に表現される。

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日本語 ウチの言葉

日本語はウチの言葉である。

『日本語の文法を考える』(岩波新書)の中で大野晋が概説する日本語論によれば、日本語はウチの言葉であり、ソトの言葉であるインド・ヨーロッパ語族の言語とは対照的な特色を持っている。例えば、主語を明確に提示しないこと、構文がそれほど明確でないこと、こそあど体系、抽象的な表現より具体的な表現を好むこと、他動詞表現よりも自動詞表現の方が自然に感じられること、オノマトペの多用、IとYouの表現が数多くあること、等。

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ノートルダム・ド・パリの火災 Incendie de Notre-Dame de Paris

2019年4月15日の夕方、パリのノートルダム大聖堂が火災に遭いました。

France 2の20時のニュースのURLです。
https://www.francetvinfo.fr/replay-jt/france-2/20-heures/jt-de-20h-du-lundi-15-avril-2019_3253767.html