無の美学 茶の湯と「本住地」

喫茶の習慣は、禅僧の栄西(1141-1215)によって中国から日本にもたらされ、最初は薬効のためにお茶が飲まれた。
その後、室町時代になると、一休和尚を経て、珠光(1422あるいは1430-1502)が、茶道(佗茶)を創始したと言われている。
このような歴史を顧みると、茶道が禅の教えと深く関係していることがよくわかる。

その両者に共通しているのは、人間が生きている上で背負っている様々な過剰物を「単純化」し、生の根源に至ることだといえる。
禅では知的な思考を離れ、直感によって生の実在そのものに到達しようとする。
茶道では、質素な小室(茶室)に客人を迎え入れ、世俗的な違いを廃し、主客の心の交わりを実現することを目指す。
茶室の限られた空間は、禅的な表現で言えば、「本住地」あるいは「父母未生以前本来面目」を、現実の一瞬に実現する場とすることを理想としている。

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ジョルジュ・サンドと18世紀イタリア音楽

ジョルジュ・サンドは、『コンシュエロ』の中で、18世紀のイタリア音楽を3つの角度から取り上げている。

宗教音楽としては、マルチェロの賛美歌、第18番。

世俗音楽の中で、テクニックが優先される例としては、ガルッピの「悪魔のような女」のアリア。
主人公コンシュエロの音楽的才能を発揮させる例としては、ヨンメッリの「捨てられたディド」。

youtubeでそれらの曲をたどっていくと、サンドの案内で18世紀イタリア音楽に入門するような感じがする。

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ペルゴレージ 「サルヴェ・レジーナ」  ジョルジュ・サンドと音楽

ジョルジュ・サンドはショパンの恋人。リストたち多くの音楽家と友人でもあった。そうした環境の中で、素晴らしい音楽に触れ、センスを養っていったことだろう。
サンドの『コンシュエロ』は音楽小説という側面を持っている。主人公コンシュエロが最初に登場する場面では、幼い彼女にペルゴレージの「サルヴェ・レジーナ」を歌わせる。その後、知識があり、多くの経験をし、熱狂的な歌唱ではなく、無邪気な子どもの歌い方を称揚する。そこにサンドの音楽観が現れている。

18世紀ナポリ学派の作曲家ペルゴレージ。彼の「サルヴェ・レジーナ」へ短調を聞くと、その美しさに心を動かされる。
サンドに教えてもらった一曲。

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日本の伝統的絵画の画法

日本の美には、平安朝や元禄時代のような華やかな美と、室町時代に確立した質素な美がある。
https://bohemegalante.com/2019/08/30/paul-claudel-et-la-beaute-japonaise/

他方、絵画における表現法は、二つの美の表現でも共通している部分が多い。
そしてその特徴は、ヨーロッパ、とりわけルネサンス以降のヨーロッパの絵画とは対照的である。

狩野永徳、四季花鳥図屏風
能阿弥 花鳥図屏風
Charles-François Daubigny, Bords de l’Oise

では、日本の伝統的な絵画の特色は、どのようなものだろうか。

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無の美学 能と幽玄の美

能が禅の精神を反映していることは、広く認められている。

能の完成者である世阿弥は、室町幕府の三代将軍・足利義満に重用された。
義満と彼の息子である足利義持は、禅宗の積極的に導入し、北山文化を開花させた。
そうした状況の中で、世阿弥も能の思想を吸収し、猿楽や田楽と呼ばれていた芸能に、禅の精神を注入したことは、自然なことだっただろう。

世阿弥が記した芸の理論書『風姿花伝』にも禅を思わせる教えが数々見られる。
例えば、「住(じゅう)する所なきを、まづ花と知るべし。」
住する、つまり一カ所に留まらないことが、芸の花を咲かせると言う。
これは、中国の禅僧・慧能(えのう)が説く、「住する所無くして、其の心を生ずべし]という言葉に基づいている。

現実の世界ははかなく、全ては時間とともに消え去ってしまう。その流れに押し流されながら、しかし、その現実に永遠を現生させ、美を生み出す。
とりわけ世阿弥が刷新した能は、幽玄の美を目指している。

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無の美学 禅寺と枯山水

足利尊氏は統治政策として禅宗を重用し、支配制度を強化した。そのために、日本各地に禅寺の伽藍形式が広まった。
その過程で、僧の住居となる方丈などの庭園には、枯山水が好んで作られた。

禅宗様(ぜんしゅうよう)の建築物に禅の精神が貫かれているかどうかを知るのは難しいが、枯山水が禅的な無の思想に基づいていることを理解するのは比較的容易だろう。

ちなみに、14世紀後半に建造された金閣寺は、一階が和洋の住宅風、二階が和洋の仏堂風、三階が禅宗様(ぜんしゅうよう)の仏殿風という、折衷様式。

15世紀後半に建造された銀閣寺は、一階が和風の住宅、二階が禅宗様の仏道。こちらも二つの様式が共存している。

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クローデルと日本の美 Paul Claudel et la beauté japonaise

ポール・クローデルは、1923年、日光で、日本の学生達に向けた講演を行った。その記録が、「日本の魂を一瞥する(Un regard sur l’âme japonaise. Discours aux étudiants de Nikkô)」として、『朝日の中の黒い鳥(L’Oiseau noir dans la soleil levant)』に収められている。

彼の日本に対する観察眼は大変に優れたもので、日本人として教えられることが多い。その中でも、日本的な美として二つの流れを感じ取り、ヨーロッパ人にはわかりにくい美を具体的に解説している部分はとりわけ興味深い。

一つの流れは、浮世絵に代表されるもの。
もう一つは、高価な掛け軸としてクローデルが分析の対象としているもの。

喜多川 歌麿、納涼美人図
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