Victor Hugo « Sara la baigneuse » ヴィクトル・ユゴー「水浴びをするサラ」5/5

(日本の大学などでフランス語の詩を読む場合、内容の説明に重点が置かれ、詩のもう一つの側面である言葉の音色の美しさやリズムを実際に味わうことは、あまり行われていないように思われる。
そこでここでは、詩句の音楽性にとりわけ重点を置きながら、ヴィクトル・ユゴーの « Sara la baigneuse »(水浴びをするサラ)を読んでいきたい。)


第16詩節の最初の詩句を読むと、何度も耳を打つ音があることに気づくだろう。

Ainsi se parle en princesse,    こんな風に、まるで女王のように独り言を言い、
Et sans cesse            そして、そして絶え間なく
Se balance avec amour,      体を揺らす、うっとりと 、
La jeune fille rieuse,        その乙女は、微笑みながら、
Oublieuse             忘れて
Des promptes ailes du jour.    日中の素早い翼を。

(朗読は4分43秒から)

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Victor Hugo « Sara la baigneuse » ヴィクトル・ユゴー「水浴びをするサラ」4/5

(日本の大学などでフランス語の詩を読む場合、内容の説明に重点が置かれ、詩のもう一つの側面である言葉の音色の美しさやリズムを実際に味わうことは、あまり行われていないように思われる。
そこでここでは、詩句の音楽性にとりわけ重点を置きながら、ヴィクトル・ユゴーの « Sara la baigneuse »(水浴びをするサラ)を読んでいきたい。)


第10詩節では、詩の冒頭に出てきたSaraという名前が戻ってくる。そして、その名前に呼応するかのように、開いた[a]のアソナンスが反復される。

Mais Sara la nonchalante  しかし、サラは、けだるげで、
Est bien lente        とてもゆっくりと、
A finir ses doux ébats ;     心地いい戯れをやめようとしない。
Toujours elle se balance   ずっと彼女は身を揺らす、
En silence,          静かに、
Et va murmurant tout bas :  そして、低い声で呟き始める。

(朗読は1分32秒から)

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Victor Hugo « Sara la baigneuse » ヴィクトル・ユゴー「水浴びをするサラ」3/5

(日本の大学などでフランス語の詩を読む場合、内容の説明に重点が置かれ、詩のもう一つの側面である言葉の音色の美しさやリズムを実際に味わうことは、あまり行われていないように思われる。
そこでここでは、詩句の音楽性にとりわけ重点を置きながら、ヴィクトル・ユゴーの « Sara la baigneuse »(水浴びをするサラ)を読んでいきたい。)


第五詩節では、7/3/7という基本的なリズムは保たれながらも、7音節の詩句の内部にさらに短い区切れ(césure)が入り、リズムの急速な高まりが感じられる。

Reste ici caché : demeure !    ここに隠れていろ、じっとして!
Dans une heure,          一時間もすれば、
D’un œil ardent / tu verras     熱い眼差しで、お前は見ることになる、
Sortir du bain / l’ingénue,     水浴びから上がってくる無垢な乙女を、
Toute nue,             一糸纏わぬ全裸で、
Croisant ses mains sur ses bras.   両手を胸の前で交差し、腕を抱く姿を。

(朗読は46秒から)

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Victor Hugo « Sara la baigneuse » ヴィクトル・ユゴー「水浴びをするサラ」2/5

(日本の大学などでフランス語の詩を読む場合、内容の説明に重点が置かれ、詩のもう一つの側面である言葉の音色の美しさやリズムを実際に味わうことは、あまり行われていないように思われる。
そこでここでは、詩句の音楽性にとりわけ重点を置きながら、ヴィクトル・ユゴーの « Sara la baigneuse »(水浴びをするサラ)を読んでいきたい。)


« Sara la baigneuse » の第2詩節では、母音反復(assonance)や子音反復(allitération)だけではなく、詩行の先頭を同じ言葉で始めるアナフォール(anaphore:語頭反復)も加わり、リズムと音楽性がさらに強化される。
(参照:フランス語の詩を読むために

Et la frêle escarpolette       か弱いブランコが
Se reflète             映っている
Dans le transparent miroir,    透明な鏡の中に、
Avec la baigneuse blanche     白い肌の水浴びをする乙女とともに、
Qui se penche,           彼女は身をかがめる、
Qui se penche pour se voir.     彼女は身をかがめる、自分を見るために。

最初に、「無音のe」に関する音節数の復習をしておこう。

a. 行末に「無音のe」が来る場合には、音節として数えない。例:es/car/po/le/(tte) で4音節。
(この場合、lette は女性韻と呼ばれる。)

b. 次に母音が来る場合には、e が消え、前の子音と次の母音が一つになる。frê/l(e)es で2音節。

c. 後ろに子音が来る場合には、「無音のe」が1音節と数えられる。se/re/flè/(te) で3音節。

このように数えると、第2詩節も 7-3-7 // 7-3-7 の音節数からなる詩行で構成され、女性韻と男性韻が交互に現れていることが確認できる。

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Victor Hugo « Sara la baigneuse » ヴィクトル・ユゴー「水浴びをするサラ」1/5 — フランス詩法を通して感じる音楽性

日本の大学などでフランス語の詩を読む場合、内容の説明に重点が置かれ、詩のもう一つの側面である言葉の音色の美しさやリズムを実際に味わうことは、あまり行われていないように思われる。
そこでここでは、詩句の音楽性にとりわけ重点を置きながら、ヴィクトル・ユゴーの « Sara la baigneuse »(水浴びをするサラ)を読んでいきたい。

実際、« Sara la baigneuse » という題名を耳にしただけでも、この詩はすでに心地よい音楽性を感じさせる。その秘密は、口を大きく開いて発声される開放的な音 [a] が三度繰り返されることにある。「サララ」という軽やかな響きと、[a] の反復が生み出すリズムが、その心地よさを支えている。

そして、題名が予告する音楽性は、114行から成る詩全体を通して少しも裏切られることがない。[a] を中心とする音の反復と、7音節と3音節から成る詩句の構成とが、見事な音の織物を織り上げているのだ。

そのことは、7/3/7 // 7/3/7 のリズムに乗せて第一詩節を声に出して読むだけで、すぐに感じ取ることができるだろう。

Sara, belle d’indolence,      サラは、物憂げで美しく、
Se balance             揺れている、
Dans un hamac, au-dessus    ハンモックの中、
Du bassin d’une fontaine     泉の水盤の上で、
Toute pleine            いっぱいに満たされた、
D’eau puisée à l’Ilyssus ;      イリッソスで汲まれた水で。

この短い詩節の中に、フランス詩法のテクニックがぎっしりと詰まっているので、少し細かく見ていこう。
(参考:フランス語の詩を読むために

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ヴィクトル・ユゴー 「橋」  Victor Hugo Le Pont 深淵での祈り La prière dans l’abîme

2024年12月7日、パリ・ノートルダム大聖堂再開の式典が行われた。
その式典の中で、ヴィクウトル・ユゴー(Victor Hugo)の「橋」(Le Pont)が、ヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma)のチェロ演奏をバックに、女優マリオン・コティヤール(Marion Cotillard)によって朗読された。

「橋」は、ユゴーが1856年に発表した「静観詩集(Les Contemplations)」の第六部「無限の縁で(Au bord de l’Infini)」の冒頭に置かれた詩。
深淵(L’abîme)の闇(les ténèbres)に包まれた人間が、その中でも神(Dieu)をおぼろげに目にし、祈り(la prière)を捧げるといった内容を詠っている。

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ヴィクトル・ユゴー 「魔神たち」 Victor Hugo « Les Djinns » 詩法を駆使した詩句を味わう 2/2

第9詩節(1行8音節)になると、魔神たち(Djinnns)は悪魔(démons)と見なされ、私(je)は予言者(Prophète)に救いを求める。

その予言者とは、「魔神たち」が含まれる『東方詩集(Les Orientales)』の中では、マホメットのことだと考えられている。
また、「私(Je)」は剃髪(chauve)なのだが、それはメッカに向かう巡礼者たちが出発前に髪の毛を剃る習慣を前提にしている。
「魔神たち」の背景にあるのは、『千一夜(アラビアン・ナイト』の世界なのだ。

Prophète ! si ta main me sauve
De ces impurs démons des soirs,
J’irai prosterner mon front chauve
Devant tes sacrés encensoirs!
Fais que sur ces portes fidèles
Meure leur souffle d’étincelles,
Et qu’en vain l’ongle de leurs ailes
Grince et crie à ces vitraux noirs!

予言者よ! お前の手が私を救ってくれるなら、
夕方にやってくる不純な悪魔たちから、
私は剃髪の頭を地面にこすりつけよう、
お前の神聖な香炉の前で!
なんとなかして、この忠実な扉の上で、
消してくれ、奴らの火花散る息吹を。
なんとかして、空しいものにしてくれ、奴らの翼の爪が
ギシギシと音をたてようとも、そして、この暗いステンドグラスの窓で叫び声を上げようとも!

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ヴィクトル・ユゴー 「魔神たち」 Victor Hugo « Les Djinns » 詩法を駆使した詩句を味わう 1/2

ヴィクトル・ユゴー(1802-1885)。日本では『ノートル・ダム・ド・パリ』や『レ・ミゼラブル』の作者として知られているが、ロマン主義を代表する詩人であり、フランスで最も偉大な詩人は誰かという質問に対して、ユゴーの名前を挙げる人も数多くいる。

無限ともいえる彼の詩的インスピレーションは驚くべきものだが、それと同時に、詩法を駆使した詩句の巧みさにも賛嘆するしかない。
そのことを最もよく分からせてくれるのが、« Les Djinns »(魔神たち)。

8行からなる詩節が15で構成されるのだが、最初の詩節の詩句は全て2音節、2番目の詩節の詩句は全て3音節。そのように一音節づつ増えていき、第8詩節では、10音節の詩句になる。その後からは、詩句の音節数が規則的に減り始め、最後は2音節の詩句に戻る。
つまり、詩句の音節数は、2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 10, 8, 7, 6, 5, 4, 3, 2と、規則的に増減する。

詩の内容も音節数の増減に対応する。
死んだ様な港町から始まり、一つの音が聞こえる。続いて、音節の数の増加に応じて音の大きさが徐々に強まり、10音節の詩句が構成する第8詩節で最も強くなる。
その後、8音節、7音節と減少していくにつれて、音も収まっていく。

ユゴー以外に誰がこれほどの詩的テクニックを駆使できるだろう。どんな詩人も彼と肩を並べることなどできない。
そのことは、第1詩節を見るだけですぐに分かる。8行全てが2音節の詩句で、韻を踏んでいる。 (しかも、ABABCCCBという韻の連なりは、15の詩節全てで繰り返される。)

Les Djinns

Murs, ville,
Et port,
Asile
De mort,
Mer grise
Où brise
La brise,
Tout dort.

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 5/5

第29詩節に至り、神の存在に言及され、神こそが全てを統括しているような印象を与える詩句から始まる。
ちなみに、これ以降の詩節では、基本的に動詞は現在形に置かれ、過去の出来事の思い出ではなく、時間の経過とともに全てが消滅してしまうことに関する考察が展開されていく。

« Dieu nous prête un moment // les prés et les fontaines,
Les grands bois frissonnants, // les rocs profonds et sourds
Et les cieux azurés // et les lacs et les plaines,
Pour y mettre nos coeurs, // nos rêves, nos amours ;

« Puis il nous les retire. // Il souffle notre flamme ;
Il plonge dans la nuit // l’antre où nous rayonnons ;
Et dit à la vallée, // où s’imprima notre âme,
D’effacer notre trace // et d’oublier nos noms.

(朗読は、8分56秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 4/5

第19-20詩節では、かつて愛し合った思い出の地に別の恋人たちがやって来て、彼らの思い出は別の思い出に上書きされてしまうことに対する悲しみが表現される。

« Oui, / d’autres à leur tour // viendront, couples sans tache,
Puiser dans cet asile // heureux, calme, enchanté,
Tout ce que la nature // à l’amour qui se cache
Mêle de rêverie // et de solennité !

« D’autres auront nos champs, // nos sentiers, nos retraites ;
Ton bois, ma bien-aimée, // est à des inconnus.
D’autres femmes viendront, // baigneuses indiscrètes,
Troubler le flot sacré // qu’ont touché tes pieds nus !

(朗読は6分6秒から)

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