ヴェルレーヌ 「秋の歌」 Verlaine « Chanson d’automne » 物憂い悲しみ

日本におけるヴェルレーヌのイメージは、上田敏による「落葉」の翻訳によって決定付けられているといってもいいだろう。その翻訳は、上田敏作の詩と言っていいほどの出来栄えを示している。

秋の日の/ヰ゛オロンの/ためいきの/身にしみて/ひたぶるに/うら悲し。
鐘のおとに/胸ふたぎ/色かへて/涙ぐむ/過ぎし日の/おもひでや。
げにわれは/うらぶれて/ここかしこ/さだめなく/とび散らふ/落葉かな。

この翻訳の素晴らしさが、日本における「秋の歌」の人気の秘密であることは間違いない。しかしそれと同時に、ヴェルレーヌの詩が、『古今和歌集』の詠人知らずの和歌のように、「もののあわれ」を感じさせることも、人気の理由の一つではないだろうか。

秋風に  あへず散りぬる  もみぢ葉の  ゆくへさだめぬ  我ぞかなしき 

フランス語を少しでもかじったことがあると、これほど素晴らしい詩がフランス語ではどうなっているのだろうと興味を持つことだろう。
もちろん、ヴェルレーヌの詩も素晴らしい。

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マルティーニ作曲「愛の喜び」 « Plaisir d’amour » de Martini

「愛の喜び」はジャン・ポール・マルティーニ(1741ー1816)の代表作。
彼はドイツ生まれだが、活躍したのはフランス。お墓は、パリのペール・ラシェーズ墓地にある。

Plaisir d’amour ne dure qu’un moment, 愛の喜びは一瞬しか続かない。
Chagrin d’amour dure toute la vie.  愛の悲しみは一生続く。

単純だけれど、素直に心に飛び込んでくるこの歌詞は、フロリアン(ジャン・ピエール・クラリス・ド、1755ー1794)の中編小説「セレスティンヌ」から取られた。

吉田秀和が『永遠の故郷 真昼』のために選んだのは、エリザベート・シュヴァルツコプスの歌うもの。

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映画誕生時から見る、映画の構成要素

普段、私たちは何となく映画を見ているが、映画はいくつかの基本的な要素から構成されている。

そうした要素は、全てが最初から存在したわけではなく、映画の進化に伴って徐々に付け加わっていった。
映画の誕生から歴史的に見ていくと、その進化が明確になる。

1)最初の映画 ワンカット・ワンシーン

リュミエール兄弟が、1895年、パリのグラン・カフェで世界初の映画を上映した。
その映画は、ワンカット・ワンシーン。つまり、撮影したままのフィルムを、そのままスクリーンに映写したもの。

最初に上映された映画「工場の出口」は、リュミエール兄弟の工場から出てくる人々の映像をそのまま流している。

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無の美学 水墨画と余白の美

水墨画は、13世紀以降、禅宗の教えと共に日本にもたらされ、室町時代に大きな発展を見た。

水墨画の本質は、墨のみで「造花の真」を捉えることであり、知性的な分析を排して直感によって生の実在に至る禅の精神と対応しているといえる。
色彩を排し、物の本質に即した省略を行うことで、対象の直截的な把握を目指した。

最初に、宋本国以上に日本で人気を博した南宋の画家、牧谿(もっけい)の「叭々鳥(ははちょう)図」と、可翁(かおう)の「竹雀(ちくじゃく)図」を見ておこう。

牧谿 叭々鳥図
可翁 竹雀図

二つの絵画の微妙な違いの中に、日本的な水墨画の特色を感じることができるかもしれない。

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無の美学 茶の湯と「本住地」

喫茶の習慣は、禅僧の栄西(1141-1215)によって中国から日本にもたらされ、最初は薬効のためにお茶が飲まれた。
その後、室町時代になると、一休和尚を経て、珠光(1422あるいは1430-1502)が、茶道(佗茶)を創始したと言われている。
このような歴史を顧みると、茶道が禅の教えと深く関係していることがよくわかる。

その両者に共通しているのは、人間が生きている上で背負っている様々な過剰物を「単純化」し、生の根源に至ることだといえる。
禅では知的な思考を離れ、直感によって生の実在そのものに到達しようとする。
茶道では、質素な小室(茶室)に客人を迎え入れ、世俗的な違いを廃し、主客の心の交わりを実現することを目指す。
茶室の限られた空間は、禅的な表現で言えば、「本住地」あるいは「父母未生以前本来面目」を、現実の一瞬に実現する場とすることを理想としている。

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ジョルジュ・サンドと18世紀イタリア音楽

ジョルジュ・サンドは、『コンシュエロ』の中で、18世紀のイタリア音楽を3つの角度から取り上げている。

宗教音楽としては、マルチェロの賛美歌、第18番。

世俗音楽の中で、テクニックが優先される例としては、ガルッピの「悪魔のような女」のアリア。
主人公コンシュエロの音楽的才能を発揮させる例としては、ヨンメッリの「捨てられたディド」。

youtubeでそれらの曲をたどっていくと、サンドの案内で18世紀イタリア音楽に入門するような感じがする。

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ペルゴレージ 「サルヴェ・レジーナ」  ジョルジュ・サンドと音楽

ジョルジュ・サンドはショパンの恋人。リストたち多くの音楽家と友人でもあった。そうした環境の中で、素晴らしい音楽に触れ、センスを養っていったことだろう。
サンドの『コンシュエロ』は音楽小説という側面を持っている。主人公コンシュエロが最初に登場する場面では、幼い彼女にペルゴレージの「サルヴェ・レジーナ」を歌わせる。その後、知識があり、多くの経験をし、熱狂的な歌唱ではなく、無邪気な子どもの歌い方を称揚する。そこにサンドの音楽観が現れている。

18世紀ナポリ学派の作曲家ペルゴレージ。彼の「サルヴェ・レジーナ」へ短調を聞くと、その美しさに心を動かされる。
サンドに教えてもらった一曲。

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日本の伝統的絵画の画法

日本の美には、平安朝や元禄時代のような華やかな美と、室町時代に確立した質素な美がある。
https://bohemegalante.com/2019/08/30/paul-claudel-et-la-beaute-japonaise/

他方、絵画における表現法は、二つの美の表現でも共通している部分が多い。
そしてその特徴は、ヨーロッパ、とりわけルネサンス以降のヨーロッパの絵画とは対照的である。

狩野永徳、四季花鳥図屏風
能阿弥 花鳥図屏風
Charles-François Daubigny, Bords de l’Oise

では、日本の伝統的な絵画の特色は、どのようなものだろうか。

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無の美学 能と幽玄の美

能が禅の精神を反映していることは、広く認められている。

能の完成者である世阿弥は、室町幕府の三代将軍・足利義満に重用された。
義満と彼の息子である足利義持は、禅宗の積極的に導入し、北山文化を開花させた。
そうした状況の中で、世阿弥も能の思想を吸収し、猿楽や田楽と呼ばれていた芸能に、禅の精神を注入したことは、自然なことだっただろう。

世阿弥が記した芸の理論書『風姿花伝』にも禅を思わせる教えが数々見られる。
例えば、「住(じゅう)する所なきを、まづ花と知るべし。」
住する、つまり一カ所に留まらないことが、芸の花を咲かせると言う。
これは、中国の禅僧・慧能(えのう)が説く、「住する所無くして、其の心を生ずべし]という言葉に基づいている。

現実の世界ははかなく、全ては時間とともに消え去ってしまう。その流れに押し流されながら、しかし、その現実に永遠を現生させ、美を生み出す。
とりわけ世阿弥が刷新した能は、幽玄の美を目指している。

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