
ヴィクトル・ユゴー(1802-1885)。日本では『ノートル・ダム・ド・パリ』や『レ・ミゼラブル』の作者として知られているが、ロマン主義を代表する詩人であり、フランスで最も偉大な詩人は誰かという質問に対して、ユゴーの名前を挙げる人も数多くいる。

無限ともいえる彼の詩的インスピレーションは驚くべきものだが、それと同時に、詩法を駆使した詩句の巧みさにも賛嘆するしかない。
そのことを最もよく分からせてくれるのが、« Les Djinns »(魔神たち)。
8行からなる詩節が15で構成されるのだが、最初の詩節の詩句は全て2音節、2番目の詩節の詩句は全て3音節。そのように一音節づつ増えていき、第8詩節では、10音節の詩句になる。その後からは、詩句の音節数が規則的に減り始め、最後は2音節の詩句に戻る。
つまり、詩句の音節数は、2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 10, 8, 7, 6, 5, 4, 3, 2と、規則的に増減する。
詩の内容も音節数の増減に対応する。
死んだ様な港町から始まり、一つの音が聞こえる。続いて、音節の数の増加に応じて音の大きさが徐々に強まり、10音節の詩句が構成する第8詩節で最も強くなる。
その後、8音節、7音節と減少していくにつれて、音も収まっていく。
ユゴー以外に誰がこれほどの詩的テクニックを駆使できるだろう。どんな詩人も彼と肩を並べることなどできない。
そのことは、第1詩節を見るだけですぐに分かる。8行全てが2音節の詩句で、韻を踏んでいる。 (しかも、ABABCCCBという韻の連なりは、15の詩節全てで繰り返される。)

Les Djinns
Murs, ville,
Et port,
Asile
De mort,
Mer grise
Où brise
La brise,
Tout dort.
「魔神たち」
壁、街、
そして港、
死の
隠れ家、
灰色の海、
吹き止む
微風、
全てが眠っている。
港町の前に広がる海は灰色。そこでは微風(la brise)も止み(brise)、全てが死の眠りを眠るかのよう。
villeとasileが韻を踏み、街が隠れ家であり、port, mort, dortの韻によって、その港町が死の眠りに沈んでいくことが音によって暗示される。
第2詩節(1行3音節)になりと、微かな音(un bruit)が聞こえてくる。
Dans la plaine
Naît un bruit.
C’est l’haleine
De la nuit.
Elle brame
Comme une âme
Qu’une flamme
Toujours suit !
平原の中
一つの音が生まれる。
それは夜の
息吹。
その息吹が声を上げる
一つの魂のように、
一つの炎が
常にその後ろを付いていく!
un bruitはl’haleine de la nuitであり、その音が鹿のような鳴き声を上げる(brame)。
その音は、単なる物の音ではなく、命を持つものであるかのように聞こえる。魂(une âme)という言葉が、その生命感を示している。
音がさらに大きくなり、動きも感じられるようになるのが、第3詩節(1行4音節)。
音節も4つになり、音の勢いも少しづつ強まっていく。
La voix plus haute
Semble un grelot.
D’un nain qui saute
C’est le galop.
Il fuit, s’élance,
Puis en cadence
Sur un pied danse
Au bout d’un flot.
さらに大きな声、
それは、鈴のよう。
ジャンプする小人の
急ぎ足。
彼は逃げ去り、飛び上がりる。
次に、調子を合わせ、
一本足で ダンスを踊る、
波の彼方で。
音が大きくなるだけではなく、生物の存在も感じられる。
それはここでは小人(un nain)だと感じられ、ジャンプしたり、ダンスしたり、活発に活動を始める。
その存在はまだ遠くにある。そのことが、波の彼方で(Au bout d’un flot)で示される。
第4詩節(1行5音節)。音が徐々に大きくなり、反復される。

La rumeur approche.
L’écho la redit.
C’est comme la cloche
D’un couvent maudit ;
Comme un bruit de foule,
Qui tonne et qui roule,
Et tantôt s’écroule,
Et tantôt grandit,
混乱した音が近づいてくる。
エコーがその音を反復する。
呪われた修道院の
鐘の音のよう。
群衆の騒音のように、
爆発し、転がり、
ある時は崩れ落ち、
ある時は大きくなる。
第3詩節では小人(un nain)とイメージされていたものが、第4詩節では、呪われた修道院(un couvent maudit)という不吉なイメージへと変わる。
音もさらに大きくなり、第2詩節でun bruitとして生まれた音が、ここではun bruit de fouleだと感じられる。
そして、fouleがroule, s’écrouleと韻を踏むことで、その大騒音が転がり、崩れ落ちる様子が音によって強く印象付けられる。
第5詩節(1行6音節)になり、それらの音が魔神(les Djinns)のものだと明示される。

Dieu ! la voix sépulcrale
Des Djinns !… Quel bruit ils font !
Fuyons sous la spirale
De l’escalier profond.
Déjà s’éteint ma lampe,
Et l’ombre de la rampe,
Qui le long du mur rampe,
Monte jusqu’au plafond.
神よ! 墓地のように陰気な声がする
魔神たちの!・・・ やつらはなんという音を立てることか!
逃げよう、深い階段の
螺旋の下に。
すでに、ランプの火は消えている。
手すりの影が
壁に沿って這い、
天井まで上ってくる。
巨大な音が魔神たちによるものだと気付き、「私」は誰に向かってなのか分からないのだが、「逃げよう(fuyons)」と口にする。
すると、そこに螺旋階段が現れ、「私たち」は光が消えた暗闇の中を逃げ去ろうする。
このイメージが読者の知覚を混乱させるのは、深い(profond)という形容詞と、上がる(monte)という動詞が、矛盾した方向を指し示すことから来る。
profondとplafondの音の類似と意味の対比(深い/天井)は、その混乱をさらに強める働きをする。
こうした世界は魔神たちが作り出す幻影的な世界であり、人間は眩暈に襲われ、上下の区別がつかなくなっているのかもしれない。
「すでに私のランプの火は消えている(Déjà s’éteint ma lampe)」。その言葉がもたらす闇のイメージが、ますます眩暈を強いものにする。
第6詩節(1行7音節)で、les Djinnsは、ハチの群(essaim)や動物の一団(troupeau)のように、大量に存在し、空を飛び回る様子が描かれる。

C’est l’essaim des Djinns qui passe,
Et tourbillonne en sifflant!
Les ifs, que leur vol fracasse,
Craquent comme un pin brûlant.
Leur troupeau, lourd et rapide,
Volant dans l’espace vide,
Semble un nuage livide
Qui porte un éclair au flanc.

魔神の群が通り過ぎ、
旋回し、鋭い音を響かせる!
イチイの葉は、彼らの飛翔に揺られ、
焼けた松のように、なぎ倒される。
彼らの一団は、重く、素早く、
空の空間を飛行し、
鉛色の雲のようだ、
真ん中には雷を含む雲。

魔神たちの飛翔は、竜巻のように、地上にあるものをなぎ倒していく。
そのスピードのあまりに凄さに、魔神たちが通り過ぎていく空間(l’espace)は、何も抵抗するものがないほど空っぽ(vide)に感じられる。
あるいは、イチイの葉(if)がなぎ倒されるように、何もかもが吹き飛ばされてしまい、その空間には何もなくなっていく(vide)。
魔神たちの一団(leur troupe)は、鉛色の雲(un nuage livide)のように見え、その中に(au flance)一筋の光(un éclair)がある。
その光は、群全体の生命感を表しているのかもしれない。
第7詩節(1行8音節)になると、彼方を飛翔していた魔神たちが「私たち(nous)」に接近する。

Ils sont tout près ! – Tenons fermée
Cette salle, où nous les narguons.
Quel bruit dehors ! Hideuse armée
De vampires et de dragons !
La poutre du toit descellée
Ploie ainsi qu’une herbe mouillée,
Et la vieille porte rouillée
Tremble, à déraciner ses gonds !
魔神たちはすぐそこにいる! — じっかり閉めておこう、
この部屋を。ここで私たちは奴らと戦うのだ。
外はひどい音だ! おぞましい軍、
吸血鬼と龍の!
屋根の柱が剥がされ、
たわむ、濡れた草のように。
錆びた古い扉が
グラグラと揺れ、蝶番が引き抜かれそう!
私たちは部屋の扉をしっかりと閉め、そこで魔神たち — 吸血鬼(vampires)や龍(dragons) — と戦おう(nous les narguons)とする。
しかし、魔神たちはその部屋を破壊しにかかれる。
屋根の柱(la poutre)が引き離され(descellé)、扉は、蝶番(les gonds)が引き抜かれるほど(déraciner)、ひどく揺さぶられる。
第8詩節(1行10音節)は、音節数が最大に達し、それに応じて魔神たちの攻撃も最大限になる。

Cris de l’enfer ! voix qui hurle et qui pleure!
L’horrible essaim, poussé par l’aquilon,
Sans doute, ô ciel ! s’abat sur ma demeure.
Le mur fléchit sous le noir bataillon.
La maison crie et chancelle penchée,
Et l’on dirait que, du sol arrachée,
Ainsi qu’il chasse une feuille séchée,
Le vent la roule avec leur tourbillon !
地獄の叫び! わめき、涙する声!
身の毛もよだつ群は、北風に押され、
たぶん、おお天よ! 私の家に襲いかかる。
壁が倒れそうだ、黒い軍団の下で。
家が叫び、ふらふらになり、傾きかける。
ちょうど、地面から引き抜かれ、
1枚の渇いた葉が吹き飛ばされるように、
風が家を転がしていくようだ、魔神たちの竜巻とともに。
魔神たちが私の家(ma demeure)に襲いかかる大音響は、地獄の叫び(cris de l’enfer)。
第6詩節では単に群(l’essaim)とされていたものが、ここでは身の毛もよだつ、おぞましい群(l’horrible essaim)と、形容詞を付け加えて表現される。
さらに、黒い軍団(le noir bataillon)と呼び変えられ、それが引き起こす竜巻(tourbillon)が、私の家を地面から引っこ抜いてしまう(arrachée du sol)ように感じられる(l’on dirait)。
第1詩節から第8詩節まで、一行の音節が2, 3, 4, 5, 6, 7, 8と増加し、それにともない魔神たちの存在が大きくなり、詩句のエネルギーも増していく。
こうした詩句をたどるだけでも、ヴィクトル・ユゴーの素晴らしい詩的テクニックを理解することができる。
セザール・フランク(1822-1890)が作曲したピアノと管弦楽のための交響詩「ジン(魔神)」は、ユゴーの詩からインスピレーションを受けて作曲されたものであり、詩の印象を見事に表現している。