愛するものが死んだ時には

昨日の夕方アカが車に轢かれて死んだ。そんな知らせが届いた。
アカは近所に住む地域ネコで、毎日通りかかる度に挨拶をする関係。ただの野良猫だし、特別に価値があるわけではないが、とにかくカワイイ存在だった。

アカの横たわる姿を見て、ふと中原中也の「春日狂想(しゅんじつきょうそう)」の詩句が頭に浮かんだ。中也は、最愛の息子文也の死後、精神的にかなりの混乱をきたした。その時期に書かれたと想定され、耐えきれない悲しみに心を塞ごうとする気持ちが痛いほど感じられる。

愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。
(中略)
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、

自殺という言葉は読者をびっくりさせるかもしれないが、感情を殺すしか悲しみをこらえる方法がないという意味だと理解したい。
そんな悲しみを前にして、こんな風に思ってみたところでどうしようもない。

      《まことに人生、一瞬の夢、
      ゴム風船の、美しさかな。》

私たちにとって、愛しいものは、初めから「ある」のではない。
愛しいものは、何気ないやり取りが習慣化しているうちに、いつしか愛しいものに「なる」のだ。

サン・テグジュペリの『星の王子さま』に出てくるキツネは、そのことをとてもよく教えてくれる。
キツネは王子さまに、自分と相手との共感が最初からあるわけではないと言う。最初はお互いに、多数の中の一人にすぎない。

「いいかい、きみはまだおれにとっては10万人のよく似た少年たちのうちの1人でしかない。きみがいなくなったって別にかまわない。おんなじように、きみだっておれがいなくてもかまわない。きみにとっておれは10万匹のよく似たキツネのうちの1匹でしかない。
でも、きみがおれときづなを作ると、おれときみは互いになくてはならない仲になる。きみはおれにとって世界でたった1人の人になるんだ。おれもきみにとって世界でたった1匹の・・・。」

では、どうやって、多数の中の一人から、世界でたった一人、一匹、一つの存在に「なる」のか?

「最初は草の中で、こんな風に、お互いちょっと離れて座る。おれはきみを目の隅で見るようにして、きみの方も何も言わない。言葉は誤解のもとだからね。でも、毎日少しずつ近くに座るようにしていけば・・・。」
 翌日、王子さまはそこへ戻った。
 「同じ時間に戻ってきた方がいいな。」とキツネは言った。「例えばさ、午後の4時にきみが来るとすると、午後の3時にはおれはもう嬉しくなる。時間がたつにつれて、おれはいよいよ嬉しくなる。4時になったら、もう気もそぞろだよ。幸福っていうのがどんなことかわかる! でもきみの来る時間がわかっていないと、何時に心の準備をすればいいかわからない・・・。習慣にすることが大事さ。」

毎日毎日同じ時間にキツネのそばに行き隣り合っているうちに、王子さまとキツネとの間に絆が出来上がる。一緒に時間を過ごしているうちに、その時間が来るのが楽しみになる。わくわくしながら、その時間を待ちわびるようになる。
相手が見えたときの喜びが、お互いの間に出来上がった絆を強いものにする。

相手が特別な存在だから愛しく感じるのではなく、日々の何気ないやり取りの中で、他の人や物では変えることができない「唯一の存在」になっていくのだ。
そして、そうなった時には、その存在は特別に可愛く、愛しく感じられる。

地域ネコ・アカが、いつの間にか特別に愛しい存在になったのは、そんな風にしてだった。

そのアカが死んでしまった。
その時、心は何を思うのだろうか?

中原中也は、文也が死ぬ以前に、唯一の存在への愛しさを、「月夜の浜辺」の中で次のように歌っていた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを、捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向かつてそれは抛(ほう)れず
   波に向かつてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

それがボダンでなくてもいい。特別な価値があるわけでもなく、他の人からみたらどうでもいいものだとしても、いったん自分との関係が出来上がれば、それが心に沁みるボタンに「なる」。

中也はボタンを袂(たもと)に入れたというが、それは心の中にしまったということと同じ。実際に手に触れ、目で見ることがないとしても、ボダンは存在している。

アカも、いつもの場所からはいなくなってしまったけれど、いつまでも愛しい存在として、心の中にいてくれるに違いない。

愛するものが死んだ時には」への4件のフィードバック

  1. gumehituzi のアバター gumehituzi 2024-11-06 / 19:06

    記事にもよくアカさんが登場されていらっしゃるのを楽しみに拝見させて頂いておりました。突然のことで大変驚いております。

    アカさんのありし日の姿を偲びつつご冥福を心からお祈り申し上げます。

    いいね: 1人

    • honuzim のアバター honuzim 2024-11-06 / 21:51

      お悔やみのお言葉、ありがとうございます。
      アカはあちらの世界で、相変わらず女王様のように振る舞っていることでしょう。
      みんなにかわいがられ、幸せな一生だったと思います。

      いいね: 1人

  2. 銀ちゃん商店 のアバター 銀ちゃん商店 2024-12-26 / 12:37

    私もネコを飼っておりますので、心の痛みを分かち合える部分があるかと思います。心よりご冥福お祈りいたします🙏

    いいね: 1人

    • honuzim のアバター honuzim 2024-12-26 / 14:21

      心の籠もったコメント、ありがとうございました。

      いいね: 1人

コメントを残す