八咫烏(やたがらす)をめぐる小さな旅

最近よく話をする知り合いが「八咫烏にはまっている」と言い、Facebookのリールで得た情報を送ってくれた。
それによると、「イザナギの大御神、天照大御神、かもの大御神が八咫烏だったと、聖徳太子が記している」のだという。

八咫烏を中心にしたこの不思議な組み合わせがどこから出てくるのか、今から八咫烏を探す旅に出発してみよう。


日本神話の起源を知るために訪ねる最初の場所は、常に『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)になる。
そのどちらの書にも、八咫烏は、神武天皇が九州の日向国(ひゅうがのくに)から大和国へ「東征」した際に、天皇を導いた鳥として登場する。

『古事記』では、神武天皇は、高木神(タカミムスヒ)によって遣わされた八咫烏に導かれ、熊野から吉野の川辺を経て、大和の宇陀(うだ)に至る。

ちなみに奈良県宇陀市には八咫烏神社が存在しているが、『続日本紀』には第42代天皇・文武天皇の時代(705年)に八咫烏の社を祭るという記述があり、それが創祀だとされている。

『日本書紀』では、神武天皇が熊野の険しい山を越えられずにいた際に、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が夢に現れ、
「今から八咫烏を遣わそう。それを道案内にせよ」
と告げる。するとその通りに八咫烏が空から舞い降り、天皇を導くことになり、東征は成功する。

また、平安時代中期に編纂された『延喜式(えんぎしき)』には、「三本足の烏(八咫烏)は太陽(日)の精であり、白兎は月の精である」という記述がある。
そして、その烏が神武天皇を熊野から大和へ導いたとされることから、八咫烏は熊野那智大社の護符として祀られている。

このように八咫烏は神武天皇を助ける存在ではあるが、イザナミやアマテラスが八咫烏に変身するという挿話はどこにもない。

アマテラスは、イザナギが黄泉の国からこの世に戻った後、汚れを落とすために禊ぎをした際、左目から誕生した神である。
その天照大御神が孫であるニニギを地上に下し、ニニギの曾孫が神武天皇という系譜になる。
(イザナギ → アマテラス → アメノオシホミミ → ニニギ → ホオリ → ウガヤフキアエズ → 神武天皇)

とすると、「神が八咫烏だったとする説」は、どこから出てくるのだろうか。

そのヒントは、三番目の神として名前が出てくる「かもの大御神」にある。

『新撰姓氏録』(しんせんしょうじろく:815年)は、京と畿内に住む1000以上の氏(うじ)の祖先の分類を記した書物だが、その中に、八咫烏を祖先とする賀茂県主(かものあがたぬし)が登場する。

その記述によれば、カムムスヒの孫である賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)が八咫烏に変身し、神武天皇の東征を導いたという。
つまり、神の変身譚が語られているのである。

また、『山城国風土記』逸文によれば、賀茂建角身命が日向国の曾の峰(そのたけ)に降臨し、八咫烏に化身して神武天皇の東征を導いた後、現在の上賀茂神社がある愛宕郡の賀茂に移動してきたとされている。
それが、現在の賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ:通称、下鴨神社)の起源譚の基盤になっている。

したがって、「かもの大御神」とは、賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)から取られていた名称だということがわかってくる。

こうして八咫烏と関係付けられる三柱の神については、少し辿れば起源は見えてくるのだが、それらが聖徳太子と結び付けられる理由は、なかなか見えてこない。


聖徳太子から連想することといえば、「和を以て貴しと為す」という言葉で知られる「十七条憲法」に違いない。

聖徳太子は、仏教の経典や倭国・天皇家の歴史書、さらには未来を予言した書物などを書いたとも言われている。
しかし、「十七条憲法」は『日本書紀』に全文が引用されているものの、それが本物かどうかについては見解が分かれている。
また、経典の一つである『法華義疏』だけは真筆であると言われているが、それ以外の書籍は現存せず、幻の書となっている。
そのような状況を考えると、「聖徳太子が書いた」とされることで、正当性と同時に神秘性も増すことになるのは容易に推測できる。
そうしたことを頭に置きながら検索を続けていると、「八咫烏」という名称の秘密結社に行き着くことになった。

八咫烏(陰陽道)と呼ばれる日本最古の秘密結社が存在し、「金鵄(きんし)」と呼ばれる三人の裏天皇が、表の天皇を支える影の支配者として機能しているのだという。
そして、この結社に関係する書籍として、『地球維新 「十七条」最高法規 ガイアの法則(環境地理学)に基づく未来考察』(2012年)などが挙げられている。

この「十七条最高法規」が聖徳太子の「十七条憲法」を下敷きにしているらしいことから、「三柱の神が八咫烏だったと聖徳太子が書いている」という説が導き出されたのだと推測できる。
少し驚くのだが、こうした秘密結社に関して、「もし存在するならワクワクする」とか、「温かいパワーを感じる」とか、「自分がこれから何をすればいいのかわかった」といった感想が寄せられている。

さらに、YouTubeで八咫烏を検索すると、驚くほど多くの動画が出てくる。
そのほとんどは、「真実・秘密の暴露」「騒ぎになる」「歴史は書き換えられた」「日本を裏で操る」「裏天皇」など、いかにも陰謀論的な題名が並び、再生回数も多いものでは300万回を上回る。
SNSで最も強い反応を引き出すのは、「怒り」「嫌悪」「不安」「興奮」といった強い感情を伴う情報である。
しかもアルゴリズムによって、ユーザーの好みに応じた投稿が次々に送り込まれてくるため、「暴露」や「裏組織」といった言葉に刺激される人々は、「八咫烏」の隠された真実めいた情報にのめり込んでいくことになる。
その一人が、私に最初にこの話を紹介してくれた知り合いだといえる。


八咫烏を巡る私の小さな旅はここで終わるのだが、最後に一つ感想として考えたことがある。
それは、何に楽しさを感じるかによって、同じ情報に接しても人はまったく違う方向へ向かうということだ。

私であれば、イザナギまで八咫烏に変身させ、しかも聖徳太子まで持ち出した時点で強い違和感を覚える。
だからまずは原点である『古事記』や『日本書紀』へと立ち戻り、そこに書かれている事実を確認し、間違いを正すことで好奇心が満たされる。

一方で、SNSの情報をそのまま信じてワクワクする人は、これまで知られていなかった真実や、闇の勢力が暗躍する世界を知ることに刺激を受け、喜びを感じるのだろう。
その際、ベースとなる『記紀』の記述とはかけ離れた情報であっても、興奮できる内容のほうが楽しく感じられるだろうし、平凡な事実では退屈してしまうのかもしれない。

結局、八咫烏が導く先もまた、人それぞれなのだろう。

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